28 受け継がれるもの
私と殿下は村の丘にいた。
気持ちのいい、よく晴れた日。
殿下にはすでに私の提案を話していた。殿下も魔法使いならばきっと病気を癒やしてくれると考えてくれていただろうから、ガッカリさせてしまったのではないかと思ったけれど、私の考えを聞いた殿下はそれでも喜んでくれた。
後は村の人たち、だよね。
みんなの期待を裏切ってしまうんだから。怒鳴られたり、失望されたりするかもしれない。
それでも私の案を聞いてもらいたかった。
やってきたのは男の人たちだけでなく、女の人や子どもまでいた。
村の人全員かな。
それだけ魔法使いが木の病気を癒やすのを楽しみにしてくれていたのかもしれない。
そうだよね。魔法使いなら木の病気くらい簡単に治せるって思うよね。
村の人たちの期待通りにいかなかったことに罪悪感を覚えるけど、「大丈夫。オリヴィエの考えを聞いたらみんなもきっと喜んでくれるはずだから」と殿下がそっと背中を押してくれる。
私は村の人たちを前にして、深々と頭を下げた。
「みなさん、ごめんなさい。魔法では病気は治せませんでした!」
私は頭を下げたまま、村の人たちの答えを待つ。
すると、
「そうか。でも、お嬢ちゃんはずいぶん頑張ってくれたみたいだね」
そんな優しい声に、びっくりして顔を上げた。
優しい言葉をかけてくれたのは一人だけじゃない。
おばさんも他のおじさんも、おじいさんもおばあさんも、みんな口々に私を慰めてくれる。
「怒らないんですか?」
「怒るわけないだろう。みんな、もう寿命だって諦めてたんだ。まあ、魔法ならもしかしてって期待はしてたけどね。それにお嬢ちゃんの疲れた顔を見たら、文句なんて言えないさ。この木を守ってくれようと頑張ってくれたんだろ?」
こみあげるもので胸がつかえそうになりながら、私は頷く。
「いやあ、外から来たお嬢ちゃんたちがあんまりにこの木のことを真剣に考えてくれただろう。あれからみんなで話し合ったんだ。仮にうまくいかなかったとしても、すぐに切り倒すのはあんまりにも情けがねえってな。今日までずっと村を見守ってくれたんだ。斬り倒す前に、最後のピクニックって洒落込もうって」
「最後……」
「村の人間はみんな、何度もこの木の下でピクニックをした経験はあるからな。しんみりした気持ちじゃなくて、今までご苦労様って気持ちをこめて見送ろうって。お嬢ちゃんたちも是非、参加してくれよっ」
「あ、はい!」
「喜んで」
「よーし、じゃあ、早速……」
「待って下さいっ。確かに病気は治せませんでしたけど、でもこの木の生命力を受け継がせる方法を思いつけたんです」
「生命力を?」
「まだこの木には生命力が残っています。それを、根っこに移します」
それは古の魔法使いが永遠の命を求める術を開発する過程で生まれた、特に使い道がないと判断された魔法。
「それをしたらどうなるんだい?」
「時間が経てば、新しい芽がきっと生えてきます。そこに、この木の生命力が受け継がれます。同じ木の生命力が、新しく生まれ変わるんです。みなさんのひいおばあさんの頃からあったこの木が、時間はかかるとは思いますけど、新しい姿で村を見守ってくれるんですっ」
「そいつはいい! お嬢ちゃん、そんないい考えがあるなら頭なんて下げる必要なかっただろう! それじゃあ、前祝いだ!」
村の人たちはシートを広げ、総出で作ったという食事をどんどんとバスケットから取り出し始める。
村で育てた野菜やニワトリ、豚を使ったサンドイッチに、ヤギのミルクを使ったチーズなどなど。
素朴だけど、村の人たちが丹精込めたものだ。
誰かがこの地方に伝わる歌を口ずさむと、他の人たちも唱和しはじめる。
こういう光景を、この木はずっと見てきたのだ。
ずっと、ずっと昔から。
そしてその中には幼い頃の殿下たちの姿もあったはず。
私や殿下は手拍子しながら、楽しい時間を一緒に味わうことができた。
村の人たちは木に手を添え、「よく頑張ったな」「また元気に育ってくれ」と声をかける。
殿下もまた「良い思い出をありがとう」と感謝の言葉を述べた。
「そろそろやるか。お嬢ちゃん、頼めるか?」
「分かりました」
私は意識を集中すると、木の幹に手を当てた。
そして私の魔力を呼び水に、木に遺された僅かな生命力を手元に集めると、手のひらに鮮やかな緑色の球体となって現れる。
村の人たちが前のめりになった。
「それが?」
「はい。この木に遺された生命力です」
「じゃあ、やるぞ」
「お願いします」
「みんな、危ないから下がっていてくれっ」
私たちは十分な距離を取ると、男の人が斧を木の幹に突き立てた。
何度も何度も。
「倒れるぞぉぉぉぉぉぉっ!」
木が傾き、倒れた。
私は手元にあった弱々しい、けれど温かな木の生命力を優しく残された切り株に注ぎ込んだ。
根っこは太い。まだ大丈夫。
この木が立派に成長する姿を見ることは難しいけれど、でも、ここにいる村の人たちの孫か、曾孫はきっと、立派な大木の周りでピクニックを楽しめるに違いない。
※
「──戻ったか」
私が屋敷に帰ると、パパが出迎えてくれた。
「うん」
「ずいぶん、晴れやかな顔だな」
「あ、もしかして慰めてくれるつもりだった?」
パパは照れたように少し目を逸らす。
「……泣いていないようで安心した」
「村の人たちもみんな喜んでくれたし、泣かないよっ」
「喜ぶ?」
「うん、実はね──」
今日のことを伝えると、パパはかなりびっくりした顔をして、それからフッと表情を緩めた。
「魔法使いとして大きく成長したんだな」
「それは褒めすぎだよ」
「いや、褒めすぎじゃない。きっと同じ立場なら、俺は魔法では無理だからと諦めていただろう。でもお前は限られた中で万全を尽くし、そして実際に良き結果を出すことができたんだ。よく考えたな」
パパがくしゃっと頭を撫でてくれた。
「うん!」
「今日からはしっかり休め。お前がここのところずっと図書室に籠もりきりで、ノアも、俺も、フュリオもみんな、心配してたんだから」
「うん、今日ももう休むよ。魔法も使ったし、クタクタ」
「ノアには俺から伝えておく」
「おやすみ、パパ」
「おやすみ、オリヴィエ」
※
「──お嬢様、おはようございます」
「ん……おはよう」
目を開けると、ノアの笑顔。
「十六歳の誕生日、おめでとうございます」
にこりとノアが微笑みかけてくれる。
そう、私は十六歳になった。
間もなくゲームがはじまる時期──本当の公爵家の令嬢、ローレライがこの屋敷にやってくる。
そして私がパパたちとお別れをする時だ。
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