22 千年樹の元へ
クレスト・オヴ・シュタインヴェークは息を殺し、廊下の曲がり角から様子を窺う。
王太子として盗み見などするべきではないとは分かってはいるが、それでも気にせずにはいられなかった。
母上の寝室からゼノンが出てきた。
それをクレストの教育役であるヴラドが待ち受ける。
「容態は?」
「まだ分からない。効果はすぐには出ない」
「出ない、のではなく、無意味なのでは? おぞましい魔法が人を救うことなど、ありうるはずがない」
「祈りを唱えることしか能がないお前らに妃殿下を救えるとでも言うのか?」
「陛下は妃殿下を救いたいあまり、誤った決断をされた。魔法を頼るなど……」
「お前たちがいつまでも成果を出さないからだ」
二人が睨み合う。
最初に目を背けたのはゼノンだ。
「もういい。お前と話したところで時間の無駄だ。お前らはせいぜい、無意味な祈りでも続けていろ」
ゼノンは去っていく。
ヴラドは傍にいる者へ、「ここを頼みましたよ」と言って歩きだす。
「猊下、どちらへ?」
「王太子殿下のご様子を見てまいります」
「!」
クレストは慌てて自分の部屋へ戻ると、何食わぬ顔で聖書を開き、読んでいるふりをする。
しばらくして扉をノックする音がした。
侍従が扉を開けると、ヴラドが入ってくる。
「殿下と二人きりに」
「猊下。母上のご容態は」
「妃殿下は今、悪魔と必死に戦っておいでです。ご安心を。我々がついている以上、何の心配もございません。お心を強くもたれますように」
「……そう、ですか。猊下。公爵と協力してみてはいかがでしょうか。猊下も、公爵もどちらも我が国にとっても大切な存在。そのお二人が母上のために、一時的にでも手を結ぶのです。そうしたら、何か良い知恵が……」
クレストは思わず息を呑んでしまった。
普段は穏やかなヴラドの目に、まるで刃のような鋭い光が走ったのだ。
「殿下。魔法は人の理から外れた忌まわしい術だとお教えいたしましたよね。そんなもので妃殿下を救えるはずがありません」
しかしいくら祈っても、一向に良くならないではないか。
クレストは喉元まで出かかる言葉を飲み込んだ。
「殿下、魔法に頼ってはなりません。あれは人を堕落させるもの。私がこれまで間違ったことを言ったことがございますか?」
「……いいえ」
「あなたは未来の国王。そんな方が、魔法になど頼ってはいけません。いずれ祈りは届き、神がお救いになられます」
クレストは唇を噛む。
それを信じたいが、一向に祈りは届かず、母は苦しみ続けている。
だからこそ父は、公爵を王宮へ呼んだのだ。
『殿下。あなたが魔法へ疑念をお持ちなのは理解しています。その考えをここでどうこう言うつもりはありません。しかし我々が妃殿下を救いたいという気持ちは他の者たちと変わりません』
王宮に来た当初、公爵はそう言った。
クレストが魔法へ不信感を持っていると知ってもなお、彼は魔術塔の魔法使いに昼夜を問わず治療法を調べさせている──そう、侍従たちは報告してきた。
「魔法は信用できないかもしれませんが、公爵という人間まで信用しないのは間違っているのでは……くっ」
枢機卿がクレストの両肩に手を置き、強い力をかけてくる。
「そうした弱った心に悪魔はつけ込むのです。ご注意を」
「……も、申し訳ありません」
痛みに顔を歪め、クレストは謝罪を口にすると、肩に置かれていた手がどけられ、ヴラドはにこりと微笑んだ。
「さあ、妃殿下の寝室へ参りましょう。あなたの声がきっと妃殿下をより励ますことになるでしょうから」
「……分かりました」
※
「お嬢様、おやすみなさいませ」
「おやすみ、ノア」
ノアが部屋を出ていく。
心の中でゆっくりと十秒を数え、ベッドから飛び出した。
急いでドレスに着替えると、ヨルンを呼び出した。
「どうしたんだよ、こんな夜遅く。ふぁ~あ……」
ヨルンは欠伸を漏らす。
「ごめんね。これから行きたい場所があるの。付き合って」
「夜の散歩か?」
「そう」
「よし、乗れ。どこに行く?」
「西の果てにある千年樹の元へ。その木の実がどうしても必要なのっ」
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