21 シーラッハ家からのお茶の誘い
「シーラッハ家から手紙?」
「はい」
ノアから受け取った手紙を読むと、お茶会の誘いだった。
剣術大会のお礼をしたいというもの。
わざわざ良いのにとも思うけれど、貴族の世界は礼儀が何よりも重んじられる。
疎かにすることは、高位貴族であっても許されない。
せっかくのお誘いを無下にはできないよね。
というわけで、フュリオと一緒に公爵家へ向かった。
ノアではなくフュリオを連れて行ったのは、そのほうがジクリスが喜ぶと思ったから。
ジクリスのことだから、私を招待すれば、フュリオと会えるかもしれないという下心もあったに違いない。
「……ノアさんではなく、私でよろしいのですか?」
馬車の中でフュリオが聞いてきた。
「むしろ、フュリオがいたほうがジクリスは喜ぶわ。私へのお礼というのは口実で、私を呼べばあなたも来ると思ったんじゃないかな」
「そうでしょうか」
「絶対そうよ!」
さすがはネフィリム公爵家と並ぶ名家だけあって、シーラッハ家のタウンハウスはかなり立派だ。
庭へ通されると、お茶会の準備が整えられ、すでにジクリスがいた。
「師匠? どうして……」
ジクリスは目を丸くした。
「ジクリス。今日はお茶会に招待してくれてありがとうっ」
私はジクリスに耳打ちする。
「私へのお礼は口実で、フュリオと会うのが狙いだったんでしょ? フフフ。ちゃんと期待に応えて連れてきたからね」
「……え、あ……まあ、うん。よ、よく分かったな!」
「でしょう? 私は適当にお茶を飲んでるから、剣術の稽古をしてきていいよ」
「今日は……いいんだ」
「え? せっかくフュリオと会えたのに?」
「午前中に訓練は済ませたからな。しっかり休まないと、効率がかえって悪くなるんだよ」
「そうなの。タイミングが悪かったわね」
「……別に問題ない」
「無理しなくてもいいよ。ジクリスが女の人が苦手だって分かってるし」
「それは、あいつらが俺のことも考えず、うるさいからであって……別にお前のことまで嫌ってる訳じゃない。だいたい嫌っているならわざわざ招待しないっ」
「そう?」
「ああ」
「そうだ、お土産があるの」
「今日は剣術大会の礼として呼んだんだぞ。手土産なんていらない」
「そこまで堅苦しく考えないで。はい、どうぞ」
「……なんだこれ」
「今度発売予定の魔導具。ドライヤーっていって、髪を乾かすのに使うのよ。使い方は……」
簡単に説明する。
「へえ。便利そうだな」
「でしょ? もし気に入ったら他の人にも勧めてくれると助かるわ」
「商人みたいなことするんだな」
「絶対に流行ること請け合いよ。それくらいの自信作なんだからっ」
「ふうん。気に入ったら勧めてやる」
「お願いね」
私は紅茶に口をつける。
「このお茶……」
「うちの領地で栽培している茶葉を使っているんだ。ほんのりと甘酸っぱいだろ?」
「すごく美味しい。夏にぴったりね」
にこりと微笑みかけると、ジクリスははっとし、目を逸らす。
「どうかした?」
「……別に。お茶が気に入ったんだったら、茶葉を持っていけ。うちにはたくさんあるし」
「ありがとっ」
しばらく他愛のない話を続けていると、ジクリスが不意に声をひそめた。
「……そう言えば、王妃様が病気だって話、聞いたか?」
「本当に!?」
「噂話程度だけどな。最近、貴族や民の前に出てないだろ? ちょっと前までは頻繁に催していたお茶会もぱったりなくなったみたいだし。それで、もしかしたら病気なんじゃないかって噂が流れてるんだ」
「フュリオは何か知ってる?」
「私は何も。──ジクリス、根も葉もない噂話を無闇にするのは感心しないぞ」
「すみません。本当なのかと父が気になっていたもので。オリヴィエは公爵様から何か聞いていないのかと思いまして……」
「……パパはここ数日、王宮に行ったきり戻ってこないの。もしかしたら、その治療のためなのかな」
「お嬢様も、憶測はお控え下さい」
「そうよね。ごめんなさい」
「まあ、ゼノン様がいらっしゃる以上はすぐに病気も何とかなるよな。そうだ、ついこの間、うちの領地でな──」
ジクリスの話に相槌を打ちながらも、私は王妃様のことばかり考えていた。
もし病気だというのが本当だとしたら、これは王太子であるクレストに大きな影響を及ぼしてしまう事件だ。
なぜなら王妃様は回復することなく、亡くなってしまうから。
王妃様の病気は現状では治療法が分からない上に、教団と魔法使いの間で治療方針を巡って対立が起こる。
そして王妃様を失ったクレストは対立ばかりで、有効な治療を全く行わなかった教団や魔法使いを憎むことになるのだ。
何かに当たらなければ、クレストの心が持たなかったということもあったかもしれない。
闇を抱えたまま成長したクレストの心を解きほぐすのが、主人公。
クレストルートでは、最終的に王妃様を蝕んだ病が国民に広がるという事件が発生し、二人が協力して治療法を明らかにし、事件を解決。
二人は結ばれてハッピーエンド。
でも、幼い頃に大切な母親を亡くして負った傷が癒えるはずがない。
きっとクレストの生涯の心の傷として残ったはず。
王妃様との時間は、王太子教育で日々大変な思いをしているクレストにとって何よりかけがえのない時間だった。
王妃様だけが、クレストを王太子ではなく、愛しい我が子として受け入れてくれている。
そんなかけがえのない、子どもでいられる時間を奪っていいはずがない。
主人公と親しくなるきっかけは、他にもあるだろう。
でも王妃様の代わりになれる人はおらず、王妃様を救えるのはゲームの流れを熟知した私しかいない。
私はシーラッハ家を辞去した馬車の中で、王妃様を救う為に動こうと決めた。
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