19 問題解決と次の依頼
会場は中央部分に正方形の舞台があり、それを囲むようにすり鉢状に客席が配置されている。
私は観客席から試合の行く末を見守る。
試合が順調に進む。
ジクリスは危なげなく勝利を重ね、いよいよ決勝戦。
祈るように組んだ手に自然と力がこもり、胸がドキドキしてきた。
試合開始の合図。
ジクリスが最初に動き、剣を振るった。
相手はすかさずそれに応じる。
決勝戦は、それまでのようには簡単に決着がつかない。
最初から果敢に攻め続けるジクリスが明らかに優勢に見えた。
と、相手の斬撃を後ろに跳んで回避した刹那、着地と同時にバランスを崩してしまった。
相手はその隙を逃さず、追撃する。
ジクリスはそれをうまくさばこうとするが、体勢が崩れているせいで反応が一瞬遅れてしまった。
次の瞬間、剣先が的確にジクリスの右肩を狙う。
切っ先が右肩を貫くかに見えたその時、ジクリスの周囲に守護のオーラが張り巡らされ、相手の剣を弾いた。
良かった。うまく発動した!
その矢先、二人の間に審判が割って入る。
「そこまで! 魔導具の使用につき、ジクリス選手の反則負け!」
想像していなかった結果に、場内は騒然とした。
う、嘘。
反則負けになっちゃうなんて……!
※
試合終了後、私はクラブハウスへ向かった。
外でフュリオを待たせると、一人で入って行く。
他の選手たちはとうに帰り、ジクリスが一人、荷物の片付けを行っていた。
「ジクリス、ごめんなさい! 魔導具が反則になるなんて知らなくて……!」
今の私にできることは頭を下げることくらい。
彼が今日のために辛い稽古をしてきたのは間違いないだろう。
彼の将来を守るためとはいえ、試合をこんな形で終わらせてしまった罪悪感で胸が痛い。
ジクリスはさぞ、怒っているだろう。
怒鳴られる覚悟はできている。
「……助かった」
「へ?」
予想外の返答に、私は弾かれるように顔を上げた。
「……あいつ、俺の肩を砕こうとしてた。もしあの魔導具がなかったら、もしかしたら大怪我を負っていたかもしれない」
「お、怒ってないの?」
「助けてもらってどうして怒るんだよ。魔法使いの虫の知らせ、だっけ? それのお陰だな。そもそも俺が相手より未熟だったから、魔導具が機能するような状況になったんだ。俺がちゃんとしていれば、そもそも魔導具の効果が発生するような状況にならなかったはずなんだよ。だから今回のことで責任がある奴がいるとすれば、それは未熟な俺自身ってことになる」
と、ジクリスは小さく吹き出す。
「どうしたの?」
「ほら」
彼は苦笑してハンカチを渡す。
「お前、すっごい泣き虫なんだな」
「え、また!?」
触ると、目尻に涙が浮いている。
こんなにすぐ泣くようなことは、これまでなかったのに。
安心したせいかな。
「大会は今年で終わりじゃない。来年優勝すればいいだけだ。その時は、完璧に勝ってやるさ」
「うん、ジクリスなら次は絶対に優勝間違いなしだよ! そういう予感がするもの! 頑張って!」
ジクリスの手をぎゅっと握った。
あれ、ジクリス、頬が赤い?
「……や、やめろ、馬鹿」
「あ、ごめん。馴れ馴れしかったよね」
「……そう言うことじゃ」
もごもごと口ごもる。
「?」
「もういいだろ。早く行けよ。師匠が外で待ってるんだろ」
「うん。じゃあね、ジクリスっ」
手を振り、達成感を覚えながらクラブハウスを出たその時、「オリヴィエ」と呼びかけられた。
「パパ!? 会議はどうしたの!?」
「予定より早く終わったから剣術の試合を見にきたんだ。そこで面白いものを見た。あの魔導具、お前が作ったものだろう」
「え、それは……」
「別に怒ってない」
「……うん。でもどうして分かったの?」
「娘の魔力くらい判別できる」
「あれは、何かが起こりそうな予感がして。だから……勝手なことしてごめんなさい……」
「お前の魔力がさらに成長したことが嬉しいんだ。加護の力もしっかり発動していたしな。実は、お前に任せたい仕事があるんだが」
「私に? パパが?」
「どうだ?」
「やるっ!」
※
数日後、ルヴラン侯爵家の屋敷を私とパパは訪ねた。
執事さんが部屋まで案内してくれる。
「……ピアノの音?」
軽やかな音色が部屋の奥から聞こえてくる。
「奥様がお弾きになられているんです。奥様は作曲家として活躍されておりますので」
「素敵ですねっ」
「これまでたくさんの賞を受けておられます」
執事さんがある部屋の前まで来ると、扉をノックする。
ピアノの音色がやんだ。
「奥様。公爵様がいらっしゃいました」
「お通しして」
「どうぞ中へ。すぐにお茶をお持ちいたしますので」
「ありがとうございます」
執事さんが扉を開けてくれる。
部屋には立派なグランドピアノ。
ピアノの前には、深い紫色の襟の高いドレスをまとった白髪の老婦人がいた。
ルヴラン侯爵夫人は杖をつきながらやってくる。
「公爵様。本来であれば、わたくしのほうから出向かなければならないというのに、わざわざご足労いただき申し訳ございません」
「気にする必要はありません」
夫人が私に気付く。
「あら、可愛らしい小雀さんだこと」
「娘のオリヴィエです」
パパが、娘、と当たり前のように言ってくれることに、つい頬が緩んでしまう。
「はじめまして、夫人。オリヴィエ・レム・ネフィリムと申します」
「これはこれはご丁寧。はじめまして。メイ・カネリ・ルヴランよ。さあ、そちらにおかけになって」
夫人がソファーセットを薦めてくれる。
メイドが紅茶とお菓子を運んできてくれた。
「それで依頼というのは?」
夫人は軽く鼻歌を歌う。
あまり聞かないリズムだ。
「……この音色が何かを知りたいんです」
「どなたかの曲ですか?」
「それさえもあやふやなんです。近頃、この独特な音色を、夢の中で途切れ途切れに聞くようになって。今の鼻歌はその断片を繋ぎ合わせたつぎはぎで、正しいかどうか分からないんです。寄る年波で記憶力もすっかり衰えてしまって思い出せなかったので、公爵様を頼ろうと思ったんです。魔法には、その人の記憶を覗くものがあると伺ったものですから……」
「分かりました。夫人。今日は娘にやらせたいと思っているのですが、よろしいですか? 無論、私がサポートいたしますので、ご安心を」
「あら、小雀ちゃんが? 光栄だわ。こんな可愛らしい魔法使いにやってもらえるなんて」
「がんばりますっ」
「ふふ、そこまで力まなくても大丈夫よ。他愛のないことだもの。思い出せなくても、その時はその時」
「では早速、よろしいですか」
「ええ、お願いします」
「ではまず、眠っていただきます」
パパは小さく呪文を唱えると、夫人の両目を右手で塞ぐ。
すぐに夫人が小さな寝息を立てはじめる。
「いいぞ」
「うん、始めるねっ」
私は右手でパパと手を繋ぎ、左手で夫人の手を取った。
意識を集中し、夫人の無意識の中に飛び込むと、白い光に目の前が塗り潰された。
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