17 攻略キャラとの遭遇
「師匠!」
こちらへ駆けてきたのは、赤毛に緑色の瞳の少年。
あどけない顔立ちだが、誰かはすぐに分かった。
ジクリス・フューア・シーラッハ。
王国の二大公爵家のシーラッハ家の嫡子で、攻略キャラの一人。
私より一つ年上の八歳。
整った顔立ちには怖い物知らずな生意気さが滲む。
それにしても、師匠?
私はフュリオを振り返る。
ジクリスが見ているのは明らかに、フュリオだったから。
フュリオは少しばつが悪そう。
「フュリオって、師匠だったの?」
「……まあ」
「師匠、いらっしゃっていたんですね!」
「ああ。お前は練習か?」
「はい! 週末に剣術大会がありますので!」
フュリオを見つめるジクリスの瞳は興奮と喜びでまるで宝石のように輝いている。
「そうか、もうすぐだったな。頑張れよ」
「ありがとうございます! ところで師匠はどうしてこちらへ? 公爵様はお屋敷で執務をされていると伺ったのですが」
「今日はお嬢様の付き添いだ」
「お嬢様?」
「ジクリス公子、はじめまして。オリヴィエ・ルネ・ネフィリムです」
「……ジクリス・フューア・シーラッハだ」
ジクリスは、フュリオの時は打って変わって、素っ気ない態度。
フュリオはファンのご令嬢たちにつきまとわれ過ぎて、女性嫌いになってしまったのだ。
「師匠、久しぶりに稽古をつけてください!」
「悪いな。これから帰るところなんだ」
「ですが、こうして出会えたのは本当に久しぶりで……!」
「私はお嬢様の護衛だ。職務を疎かにはできない」
「別の騎士に送らせればいいのでは? そんなちんちくりん」
ちんちくりん!?
「ジクリス。我が主人のご令嬢への無礼な物言い、いくら公子といえども見過ごせないぞ。たとえどれほど腕っ節が強くとも、貴婦人を粗略に扱う者は騎士とは言えない」
フュリオに凄まれ、ジクリスは怯んだ。
「し、師匠」
「俺が教えたのは剣だけだったか? 何より重んじるべきは何と教えた?」
「……健全な精神を鍛えること、です」
「そうだ。どれほど優れた技量の持ち主でも、その精神が歪めば、身を滅ぼす。お嬢様へ謝罪を」
「……オリヴィエ嬢、申し訳ありません」
「別に大丈夫です。気にしてないから」
「ではお嬢様、参りましょうか」
「待って、フュリオ。まだ日は高いのだし、稽古くらい付き合ってあげてもいいんじゃない?」
「しかしそれではお嬢様が退屈では……」
「私もあなたたちの稽古を見たいわ!」
ジクリスはチラチラ、と上目遣いにフュリオを窺う。
「……お嬢様のお願いとあれば、分かりました」
「ありがとうございます、師匠! オリヴィエ嬢にも、感謝します!」
私たちは、王宮に併設されている騎士団の訓練場へ向かう。
その間に二人が知り合った経緯を聞くと、ジクリスがたまたま一人で自主練をしているところへ通りがかったフュリオがアドバイスをしたことがきっかけらしい。
それから時々相手をしているうちに、いつの間にか師匠と呼ばれるようになったとか。
「俺は師匠なんて柄じゃないって何度も言っているんですが」
フュリオはそう言った。
「フュリオの剣の腕は優れていると思うけど、他の人じゃ駄目だったの? シーラッハ家には腕の立つ騎士がたくさんいるんでしょ?」
「駄目って訳じゃないけど、やっぱり師匠じゃなきゃ! 白狼騎士団の団長にして、ゼノン公爵と共に万の魔獣を討った『青き狼』なんだから!」
「か、かえ……?」
すごく厨二なニックネームね。
「カエルレウス・ヴォルフ。師匠の異名だ。知らないのか?」
「へえ、フュリオが強いのは知っていたけど、そこまでとは思わなかったわ。カッコイイと思う!」
私は親指を立てた。
「お嬢様、おふざけになるのはおやめください……」
「どうしてですか。すっごく格好いいですよ!」
「ジクリス、お前はもう黙れ……っ」
フュリオは耳を赤くして呻いた。
『──憧れている人がいたんだ。ずっとその人みたいになりたくて、頑張ってきた……。でももうその人に顔向けできないところまで、俺は堕ちたんだ』
不意に、ゲーム中のジクリスのセリフが蘇る。
ジクリスが切ない表情で、独りごちるようなシーンだ。
憧れの人が誰なのか、本編では明らかにされていなかった。
FDできっと明らかになるのだろうと思ったけれど、前世の私は未プレイだった。
フュリオだったのね。
「でもフュリオと体格が違い過ぎるけど平気なの?」
「平気に決まってるだろ。俺は未来の騎士団長だぞ。師匠くらい強い人とじゃなきゃ稽古にならないんだよ」
「相変わらず、生意気で自信過剰な奴だな」
フュリオが苦笑する。
二人はまるで年の離れた兄弟のようにじゃれ合っていた。
男同士の絆みたいなものなのかな。
そういう関係、羨ましいかも。
ジクリスの無邪気な笑顔は本当に貴重だ。
ゲーム本編のジクリスの表情には、主人公と結ばれた後でさえ、常にぬぐい去れない影がついて回っていたから。
訓練場に到着する。
フュリオの姿を見るなり、訓練に励んでいた他の騎士たちが手を休め、注目する。
二人は模擬剣を手に、向かい合う。
「そんなに時間はかけられないから手短にいくぞ。しっかり集中しろ」
「はい!」
「打ち込んでこい!」
「行きます!」
ジクリスが模擬剣を振るい、フュリオは受け止める。
相手は七歳。
手加減はしているのだろうが、甘やかすような稽古ではない。
ジクリスの未熟な剣を受け止め、さばく。
ジクリスは何度も地面を転がり、砂埃まみれになった。
「さっさと起きろ」
「はいっ」
ジクリスはどれだけ打ち負かされても諦めることなく、食い下がる。
強くなりたいという気迫と意欲、執念が、剣術のことを何も分からない私にも伝わってきた。
だからこそフュリオもしっかり相手をし、最低限の加減はしつつも一切容赦はしないのだろう。
何度倒されても立ち向かうジクリスはとても格好良かった。
彼のことを慕う令嬢が多いのも頷ける。
私も前世の記憶がなかったら、子ども心にジクリスのひたむきさに胸をときめかせていたかもしれない。
何事もなければジクリスはいつかフュリオを倒せていたのだろうか。
そしてお互いに昔のことを思い出しながら、笑いあっていたのかもしれない。
それを考えると、こみあげるものがあった。
「お嬢様!?」
「え?」
いつの間にか、二人は手合わせをやめ、驚いた顔で私を見ていた。
「二人とも、どうしたの? 稽古はもう終わり?」
「大丈夫ですか!?」
フュリオとジクリスが駆けてくる。
二人とも、どうしたの?
「なに、泣いてんだよ」
泣いて……?
私は目元に触れると、確かに涙ぐんでいた。
「あ、あれ、なんでだろう」
「擦るな。目元が赤くなる」
ジクリスはポケットからハンカチを差し出してくる。
「あ、ありがと。洗って返すね」
「別にいい」
気恥ずかしさを覚えながら、目元の涙を拭う。
「土埃が目に入りましたか? それとも剣が怖かったですか?」
「ったく、めんどくせえな。これだから女は嫌なん……いてえ!」
フュリオの拳骨が、ジクリスを襲う。
「淑女に無礼な口をきくな」
「ちぇっ」
「ご、ごめんね。何でもないの。ちょっと欠伸しただけ」
「なんだよ、あほらし……いてえ!」
「帰りましょう」
「だめ! ちゃんと最後まで稽古をつけてあげて!」
「しかし」
「お願いだから」
「……分かりました」
「ジクリスも、ごめんね? 中断させちゃって」
「別に」
二人は稽古を再開した。
私の胸には、ジクリスを助けようという決意が宿る。
ゲームの展開通りであれば、ジクリスはこの大会で騎士生命を失うことになるから。
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