16 プレゼンテーション
商工組合の人たちは全部で五人。
中央に座った立派なひげのおじいさんが、商工組合の会長であるロビンソンさん。
「皆様、今日はお越しいただありがとうございます」
ヒューゴさんはぺこりと頭を下げた。
ロビンソンさんは「よろしく」と言い、私たちに目を向けた。
「そちらは?」
「皆様、お初にお目にかかります。私は、オリヴィエ・レム・ネフィリムと申します。こっちは私の護衛のフュリオです」
「ネフィリム?」
「ま、まさか公爵家の?」
「なぜ公爵家のご令嬢が……?」
商工組合の人たちがざわつく。
「落ち着け」
ロビンソンさんが大きく咳払いをすると、他のメンバーたちはどうにか落ち着きを取り戻す。
「ヒューゴ君。公爵令嬢がどうしてこの場にいらっしゃるのか、説明をしてもらえますか?」
「今回の製品は、お嬢様との共同開発の品でございます」
「共同開発……。それはつまり、我々へのプレッシャーかな? 自分の後ろ盾には公爵家がついている。残念な結果など出したら分かっているな、と」
「ま、まさか! 違います!」
ヒューゴさんがあからさまに動揺する。
私は立ち上がった。
「ロビンソンさん、そんなことはないとあなたもお分かりでしょう。意地悪なことを仰らないでください。ネフィリム公爵家は公明正大を旨とする家門であることは、皆様もご存じのはずです。純粋に商品だけの査定をお願いいたします」
「分かりました。では、製品を見せていただきましょうか」
ヒューゴさんが試作品を見せる。
「ドライヤーと言います。まずこのドライヤーの内部に描かれた小型魔法陣を起動することにより、風を発生させます。次にこの持ち手部分のスイッチを押すと、火属性の魔石が起動し、温風になります」
ドライヤーがブオオー、と音を立てる。
「それはどのような用途が?」
「主に濡れた髪を乾かすのに使います。髪が長い方など髪を乾かすのに手間がかかっているという方にもってこいの商品です」
「それは面白い」
「かなりの需要が見込めそうですな」
商工組合のメンバーの中には女性もいる。特にその人が目が輝いた。
「触ってももいいかしら?」
「もちろんです。どうぞ」
「かなり風力が強くて、便利そうですね。女性の需要が高まりそうだわ。これはとても素晴らしいのではなくて?」
かなりの好感触。
私は心の中でガッツポーズし、ヒューゴさんと視線を交わす。
かなりの好感触に、ヒューゴさんはだいぶ落ち着きを取り戻していた。
「風力は三段階調節が可能です。でもそれだけではありません。実はこの中には火属性だけでなく、氷属性の魔石が入っているのですが、こちらのスイッチを切り替えることでわざわざ魔石を入れ替えることもなく、冷風に変わるので、夏場でも気持ち良くお使いになれるのです」
商工組合のメンバーがいい意味でどよめく。
ただ気になるのは沈黙を守っているロビンソンさんだ。
彼は他の人たちと違って表情がほとんど変わらないから、食いついているのかどうかが分からない。
ロビンソンさんの言動次第で今は前のめりになっている他のメンバーも意見を翻す可能性が考えられるから油断はできない。
内心で戦々恐々としていると、ロビンソンさんがおもむろに口を開く。
「確かに便利かもしれませんが、あくまで便利なのは女性だけでは? 男性の多くは短髪だ。自然乾燥で問題ないと言う人もいるでしょう。ヒューゴ君、その点はいかがでしょうか?」
「そ、それは……っ」
ヒューゴさんの目が泳ぎ、言葉に詰まる。
それまで良かった場の流れが、良くない方へ流れそうな雰囲気になった。
「便利であることは認めますが、我々として男女関係なく需要があるものを望んでいるんですよ」
「え、えと……」
こんなところで失敗させるわけにはいかない。
私は頭をひねり、そして思いついた。
「皆さんの中に櫛を持っている方はいらっしゃいますか?」
「私が」
さすがは商売人。
日頃から人と会う仕事だから、いつでも身だしなみを整えられるように櫛を常備していると思ったわ。
「もちろん男性もお使いいただけます」
「ほう。たとえば?」
「フュリオ、ちょっとその椅子に座ってくれる?」
「はい」
「ちょっと髪をいじるわね」
私は水魔法と火魔法、風魔法を立て続けに使い、フュリオの髪を寝癖のついたぼさぼさの状態にしてしまう。
その場の誰もがこれから何が起こるのかと、注目する。
いい兆候だわ。
興味をもってもらわなきゃ始まらないもの。
私はドライヤーで温風の一番弱い風を送りつつ、櫛で寝癖を押さえ、髪を手早くセットしていく。
ロビンソンさんがかすかに前のめりになった。
「どうですか? 確かに髪の短い男性は自然乾燥でも構わないという方もいらっしゃるでしょう。ですが、髪型をセットしない方はいないのでは? デートの時、ちょっと遠出をする時、仕事に臨む時など、ドライヤーはただ髪を乾かすだけでなく、身だしなみを整えるためにも使える優れものなんです。ロビンソンさん、これであなたのご懸念に応えられたのではないでしょうか。これをアピールポイントにすれば、階級、性別、年齢問わず、ドライヤーを購入する理由ができると思います」
商工組合のメンバーたちがロビンソンさんを注視する。
ロビンソンさんはそれまでの仏頂面が嘘のように笑顔になると、拍手する。
「素晴らしい! ヒューゴ君、オリヴィエ嬢。とても良いプレゼンでした。最後のはかなり意地悪く質問してしまいましたが、見事にチャンスに変えられた。商品はもちろん、プレゼンも素晴らしかったです。ぜひ、商工組合で取り扱わせていただきたい!」
「ありがとうございます!」
私たちは頭を下げた。
「引き続き、ヒューゴ君の研究のための費用を出させていただきましょう。この商品が売れれば、それに応じたインセンティブも支払わせていただきます」
「本当ですか!? あ、ありがとうございます! 光栄ですっ!」
ヒューゴさんは涙ぐみながら何度も何度も頭を下げた。
これでゲームの流れを変えられたはず。
無事にプレゼンが終わると、ヒューゴさんが「お嬢様、本当にありがとうございます! あなたのお陰です!」と深々と頭を下げてくれる。
「うまくいって良かったです」
「お金のお支払いもしっかりさせていただきます!」
「その必要はありません」
「でも、ドライヤーのアイディアはお嬢様の……」
「私は、優れた魔法使いが魔術塔を去るのは国家の損失だと思ったから、協力しただけです。そんなに恩に感じてくれるなら、世のため人のための魔法研究を、これからも続けて下さいね」
「分かりましたっ!」
ヒューゴさんは溌剌とした笑顔を見せてくれた。
私は清々しい気持ちで魔術塔を出た。
「お嬢様、本当に良かったのですか。全ての功績をヒューゴ一人に与えてしまって……」
「いいの。お金のためにやったわけじゃないし」
「それも含めてお嬢様らしいですね」
フュリオはにこりと微笑んだ。
その時、一人の少年がこちらへ駆けてきた。
「──師匠!」
師匠?
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