13 魔術塔へ
「さあ、お嬢様、できましたよ」
「ノア、ありがと!」
姿見の前でくるりと一回転する。
つい昨日屋敷に届けられたばかりの、スカートにボリュームを出した、薔薇の刺繍の入ったピンクのドレス。
「似合う?」
「もちろんです」
「ヨルン。どう思う?」
「走りにくそう」
右手の甲の紋様から声がした。
「走らないからこれでいいの。そうじゃなくって、可愛いかどうかを聞いてるんだってば」
「知らない」
「もう」
思わずほっぺを膨らませてしまう。
「ふふ、可愛らしいですね」
私たちのやりとりに、ノアが微笑んだ。
扉がノックされた。
ノアが出ると、そこにいたのはパパとフュリオだ。
「準備はできているか」
「今、終わったところ。パパ、フュリオ、どう?」
私は完璧なカーテシーをしてみせる。
「まるで花の妖精のようだ」
「ええ、まさしく。よくお似合いですよ、お嬢様」
嬉しいけど、花の妖精と比べられちゃうとさすがに照れちゃうな。
「妖精のほうが可愛いけどね」
「ヨルンってば、ほんと余計なことばっかり言うんだから」
ケラケラと紋様から笑い声が聞こえる。
今日はパパとフュリオと、使い魔であるヨルンを登録するために魔術塔へ行くのだ。
「行くぞ」
パパに抱き上げてもらう。
すれ違う使用人たちが微笑ましげに私たちを眺め、「いってらっしゃいませ」と頭を下げて見送ってくれる。
玄関を出て馬車に乗り込もうとするけれど、「待って」と私は言った。
「今日は馬車を使いたくないんだけど」
※
私はヨルンの背に乗り、大通りを進んでいた。
私の前をフュリオが、そして後ろをパパがそれぞれ馬に乗ってついてきている。
「なぁ、ボクのことただの馬だと思ってないか?」
ヨルンがぼやく。
「馬じゃないの?」
「スレイプニルだぞ! まったく。空を飛ぶな、地面を歩けだなんて侮辱もいいところだよ」
「しょうがないでしょ。街中で飛んだら、大騒ぎになっちゃうんだから」
「もしかしてドレスを褒めなかった仕返し?」
「ほんの少し」
「とんだ魔法使いだよ!」
「冗談だよ。よしよーし、機嫌を直して~」
首筋を撫でてあげると、
「ふん」
不満げに鼻を鳴らしながらも、耳がパタパタと動く。
ヨルンは首筋を撫でられるのがお気に入りみたい。
「意地悪とかじゃなくて、ただ乗りたかったの。庭で走る練習もしているし、そろそろいいかなって。ヨルンだって紋様の中にいるより、こうして外に出られたほうがいいでしょ?」
「別に。結構居心地いいし」
「狭くないの?」
「すっごく広い」
私はパパを振り返った。
「本当?」
「紋様の中は、特別な箱庭になっているんだ。それぞれの使い魔が居心地いいと思っている場所が作られている。だから紋様の中に無理やり閉じ込めている訳じゃない」
「そうだったんだね。でも私はヨルンと行きたかったんだもん」
「子どもだなぁ」
「ヨルンだって、まだ子どもでしょ」
「違うぞ。百歳越えてるし」
「えええ!? そんなに!?」
魔物が、人間とは違う時間軸で生きているんだと思い知らされた。
そんな風に話している間に王宮に到着する。
魔術塔は王宮に隣接しているのだ。
衛兵はパパたちの顔を見るなり、背筋を伸ばして通してくれる。
いわゆる顔パス。
他の訪問者は訪問内容や身分などを厳しく調べられてようやく入ることを許されることを考えると、さすが公爵家だ。
門のそばにある厩にそれぞれ馬を繋ぐ。
ヨルンは紋様の中へ戻る。
パパに抱き上げてもらい、王宮の敷地内へ。
「すっごい広いお庭……!」
王宮の前には立派な庭が広がっていた。
ゲームのイベントCGで見るよりもずっと広く、綺麗。
宮廷勤めの役人があちこちいるし、衛兵たちもそこかしこにいて、不審者に目を光らせていた。
誰もがパパの姿を見るなり、深々と頭を下げ、それからパパの腕の中にいる私にぎょっとして、二度見する。
……多分、パパが子どもを抱っこしていることが信じられないんだろうなぁ。
回廊を進んでいると、向かい側から特徴的な服装の一団が歩いてくる。
白い法衣をまとったおじいさんたちを従えた、紅い法衣の若い人。
赤い法衣の人を一目見た瞬間、すぐに名前が思い浮かぶ。
ヴラド・シャロン・アヴェリー枢機卿。二十八歳。
肩甲骨の辺りまで伸ばした琥珀色の髪に、ライトブラウンの瞳。
整った顔立ちには、柔らかな笑みをたたえている。
教団と呼ばれる、大陸全土で信仰されている宗教組織の幹部にして攻略キャラの一人。
木製の天使をデフォルメした首飾りをしている。
前世で言うところの十字架のようなものね。
「これは、ゼノン殿」
「ヴラド」
パパとヴラドの間で、目には見えない火花が散る。
魔法使いと教団は対立関係にある。
教団は魔法を人理を外れた忌むべきものと見なしていた。
実際、教団はさまざまな国に人を派遣し、魔法との縁を切らせようとしている。
王国にヴラドが派遣されているのもそのためだけど、国王は実利を重んじる主義なので、魔法使いを無闇に排除することはしない。
でも教団との関係も疎かにはできないので、ヴラドを王太子の教育役として迎え入れていた。
国王は魔法使いと教団を互いに牽制させ合い、権力のバランスを取っている、やり手でもある。
そんなヴラドが魔法使いである主人公に心を開くのは本当に奇跡のようなことだった。
最終的には恋愛関係になるなんて最初の頃からはとても考えられない。
ただ、そのシナリオの中身はあまり出来が良くないということで、ファンからは虚無ルートとも呼ばれている。
別にこれと言った波乱もなく、二人が結ばれるのだからそう言われるのはしょうがないんだけどね。
「おや、そちらのお嬢さんは?」
「はじめまして。オリヴィエ・レム・ネフィリムと申します」
「これはご丁寧に。ヴラド・シャロン・アヴェリーです。ゼノン殿の娘さんでしたか。そう言えば、最近、魔法に目覚めたとお聞きしましたが、力に溺れてはなりませんよ。魔法は人の手に余るもの。早くそこから抜け出すべき、と忠告しておきましょう」
「黙れ、生臭め」
「猊下に対してなんと無礼な!」
「邪悪な怪物めっ」
取り巻きたちがざわつくのを、ヴラドが片手で制する。
「忠告はいたしましたよ、お嬢さん」
にこりと微笑んだヴラドは「参りましょう」と取り巻きたちを促して立ち去った。
……格好いいかもしれないけど、魔法を魔法というだけで嫌うなんて、好きになれない。
「べーっ」
小さく舌を出し、パパにしがみつく。
「私は魔法はとっても素敵なものだって分かってるからねっ」
「分かっている」
しばらく進むと、真っ白な円柱の塔が見えてくる。
「あれが魔術塔だ」
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