12 はじめての使い魔
スレイプニルは八本の足を巧みに動かし、捕まえようとしても、ひらりひらりとかわされて、本当にすばしっこくて、魔法を使う隙がなかった。
何度か転んで、ドレスが汚れたけど、そんなことでめげたりしない。
私の中でスレイプニルを使い魔にすることはもう確定事項だから。
「チビでノロノロ。あははは~!」
「笑っていられるのも今のうちだから!」
「口だけは達者だな。ほらほら、早くしろよ。あっという間に日が暮れちゃうぞ~」
余裕ぶったスレイプニルは私が追いつけそうで追いつけない距離を保ちつつ、煽りに煽ってくる。
私の中の闘志はメラメラと燃え上がった。
「チビのくせに根性があるんだな」
「舐めないでよねっ」
「いい暇つぶしになりそうだ」
ケラケラと笑いながら、スレイプニルとのおいかけっこは続く。
このままじゃあっという間にタイムリミットがきちゃう。
その時、ひらめいた。
私は何度目かの飛びかかりをあっさり避けられ、ばったりとその場に倒れた。
「ほーんと、進歩がないよな。まるでサルだね。あ、サルでももうちょっと賢いかも?」
「……」
「さっさと起きろよ。諦めちゃったのかー?」
「……」
「ん? おい、なんだよ、動けないのか?」
スレイプニルの足音がゆっくり近づいてくる。
もうちょっと、もうちょっと近くに。
「てえええい!」
私は渾身の飛びかかりを見せたが、ぎりぎりのところでかわされてしまう。
あと数センチ手を伸ばせれば尻尾を掴めたのに!
「おっと、あぶない! チビ、さっきもいきなり飛びかかってきたり、卑怯なんだな」
「フフフ、目的のためには手段は選ばないわ!」
頬についた泥汚れをぐいっと袖口で拭く。
もう髪はぼさぼさだし、ドレスも汚れだらけ。
公爵令嬢どころか、野生児。
でもお嬢様ぶってても、スレイプニルは捕まえられないもの。
「魔法使いはみんな生真面目で面白みに欠けるやつらばっかりだと思ってたけど、チビは違うんだな」
「だーかーらー、チビじゃなくて、オリヴィエ!」
「チビチビチーーーーービ」
さらに追いかけっこは続く。
日はどんどん傾き、夕方になってしまう。
日没まであと一時間もない。
疲労困憊で足なんて棒になりそうだけど、気力だけで走っていた。
高々と跳躍したスレイプニルが着地したのは、沼。
「わ、なんだ、これ!」
スレイプニルが暴れるたび、ずぶずぶとその体が沼に引きずり込まれていく。
底なし沼!?
「じっとしてて! 暴れたらどんどん深みにはまっていくわ!」
スレイプニルは私の言葉にびくっとすると、大人しくなった。
よし、沈む速度が緩んだわ。
「今助けてあげるから」
私は意識を集中する。
「水よ!」
私の魔力が、スレイプニルと周囲の沼を包み込む。
沼を水魔法で動かし、スレイプニルを岸へ引き寄せていく。
なかなか魔力も消耗するし、集中力も必要。
歯を食いしばり、懸命に引き寄せた。
「もうすぐだから……!」
「う、うん……っ」
あともうちょっと。
その時、私たちがいるところから少し離れたところの沼の表面がブクブクと泡立った。
なに?
嫌な予感に肌が粟立つ。
急がなきゃ。
そう思った瞬間、沼から飛び出してきたのは、巨大な蛇の魔獣──スワンプ・サーペント。
「に、逃げろ!」
「あなたを置いてはいけないわ!」
私は出せる魔力の一滴まで絞りだし、スレイプニルを沼地から引っ張り上げた。
や、やったぁ。
茜色の日射しを浴び、スレイプニルの全身が赤々と輝いて見えた。
スワンプ・サーペントが巨大な口を開け、襲いかかる。
その時、私の体は宙に浮いていた。
スレイプニルが背中に乗せてくれていた。
「早く首に掴まれ!」
「う、うん!」
言われるがまま従えば、スレイプニルが八本の足に力を込め、地面を蹴って、舞い上がった。
空を飛んでる!?
間一髪、魔獣の口を回避する。
それでもスワンプ・サーペントはしつこく追いかけようとしてくる。
しかし次の瞬間、宙に無数の剣が現れたかと思えば、スワンプ・サーペントめがけて飛び、その体をズタズタに引き裂く。
グウルアアアアア……。
スワンプ・サーペントが身悶えながら沼地へ沈んでいった。
「オリヴィエ、無事か!?」
転移魔法でパパが姿を現す。
「パパ、ありがとぉ!」
「スレイプニル、娘を救ってくれて感謝する」
「……別に」
スレイプニルが地面に降り立つ。
すでに日は落ちて、いくつかの星が夜空でまたたく。
私はスレイプニルの背から下りた。
「……スレイプニル、チャンスをくれてありがとね。今日は駄目だったけど、いつか、あなたが羨むくらいすごい魔物を使い魔にするから。ばいばいっ!」
私がパパの元へ駆け寄ろうとすると、かぷ、とスレイプニルが、私のドレスの襟首を甘噛みする。
「な、なに?」
「……ヨルン」
「え?」
「ボクの真名。ヨルン」
「そっかぁ、ヨルン。素敵な名前。教えてくれてありがとっ」
「だーかーらーっ」
スレイプニルは焦れったいのか、蹄で軽く地面を擦る。
「?」
「使い魔になるには真名を教えないとだめ、なんだよ」
「え?」
「お前の使い魔になってやるって言ってるんだ!」
「本当!? でもどうして?」
ヨルンは恥ずかしそうにそっと目を逸らす。
「……助けてもらったからな。お前がいなかったらあの魔獣に食べられてたかもしれないし」
「ありがとう! これからよろしくね、ヨルン!」
ヨルンの首に抱きついた。
「……よろしくな、オリヴィエ」
「えへへ~。じゃあ、これから契約の儀式だねっ」
「その前にやることがある」
「何?」
パパが指を鳴らせば、私をキラキラした光が包み込む。
「ふぁ……!」
泥だらけのドレスもぼさぼさの髪も全部、綺麗に整えられた。
「汚れたままの契約では格好がつかないからな」
「ありがとっ」
私はスレイプニルと向かいあう。
心なしかスレイプニルも緊張しているように見えた。
私は何度か深呼吸を繰り返し、口を開く。
「スレイプニル・ヨルン。魔法使いオリヴィエ・レム・ネフィリムの使い魔とする。不滅の信頼と、永遠の友誼をここに誓う!」
使い魔は、魔法使いの奴隷ではない。
一緒に肩を並べてこの先の困難に立ち向かっていく大事なパートナー。
「不滅の信頼と、永遠の友誼をここに誓う」
ヨルンが言葉を繰り返した瞬間、私の右手の甲とヨルンの額に、六枚の花びらを思わせる紋様が浮かび上がり、神々しいきらめきが夜の闇を払うように周囲を明るく照らし出す。
ヨルンの姿が粒子状に変わったかと思えば、私の右手の甲に浮かび上がった紋様に吸いこまれていく。
「おめでとう、オリヴィエ」
「パパ、ありがとう!」
パパは右膝を折り、優しく微笑みかけてくれる。
と、パパは右手を上げかけたが、すぐに下ろしてしまう。
「戻ろう。今頃、フュリオがそわそわしているだろう」
何事もなかったみたいに、私を抱き上げる。
……今のって、もしかして?
「パパ、頭なでてくれようとしたの?」
パパはかすかに反応する。
「ね、撫でて」
「……いいのか?」
「うん!」
「今日はよく頑張ったな」
「えへへっ」
大きな手で優しく頭を撫でもらえると、口元が自然とほころんだ。
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