10 暗い森
「ん……んん……?」
目を開けると、そこは森の中。
すっかり日が落ちて、真っ暗だった。
雲が出ているのか、空には星ひとつ見えない。
私は……。
最後に覚えているのは、もう一人の自分と鉢合わせたこと。
その子に手を捕まれ、どこかに引きずり込まれるような感覚があって、意識を失ったのよね。
他の子たちは?
ノアは?
みんな、私がいなくなったことに気付かないまま帰ってしまったの?
「ノア! ジュリー様! みんなーっ!」
腹の底から叫んだその時、クスクスと笑い声がどこからともなく聞こえてきた。
ぞく、と背筋に寒いものが走る。
「だ、誰……っ」
きょろきょろと辺りを見回す。
動揺する私のことを面白がるように、笑い声はさらに大きくなった。
私は声から逃れようと暗い森の中をでたらめに走り回った。
しかし笑い声はどこまでもついてくる。
無我夢中で駆け続ける。
おかしい!
森はこんなに深くはなかった。
いつまで走っても、似たような木々が続く光景が変わらない。
どうして!?
視界が開けたかと思ったら、見えたのは湖。
……ありえない。
まっすぐ走り続けたはずなのに、戻ってきちゃうなんて。
「あれ~。もう走るの、やめちゃうの~?」
「っ」
身構えた私の目の前に、『私』が現れた。
しかし次の瞬間、『私』だった者が、耳の長い少年の姿になった。
「! だ、誰……」
「僕はボガート。君の魔力が気になっちゃったから、もらっちゃうことにしたんだぁ!」
ボガート。
聞き覚えがある……。
そうだ。ゲームでも登場した子どもをさらう悪い妖精だ!
「……パパがきっと助けてくれる」
「無理無理」
「無理じゃないわ。私のパパはすごいんだから。私がいつまでも家に帰らなかったら、心配するし、すぐ助けに来てくれるわ!」
「君が家に帰らなかったら、ね」
「……ど、どういう意味?」
「さあ。どういう意味でしょぉ~」
キャハハハ、と笑い声をあげながらボガートは闇に溶け込むように消えていった。
※
ゼノンは時計を見る。
もう何度目か分からなかった。
夕方には戻るように言っていたはずなのに、未だオリヴィエが戻ってこない。
「閣下、そんな風に何度も時計を見ても、時間は経ちませんよ」
「フュリオ、すぐに伯爵家へ行って、オリヴィエを連れ帰ってこい。いくらなんでも遅すぎる」
「閣下、夕方にはお戻りになると約束されたんですよ。ノアさんもついていますし」
「もう夕方だ」
「そうです。きっと今頃、馬車でお屋敷へ戻ってくる途中でしょう」
「もういいっ」
痺れを切らして立ち上がり、転移魔法を唱えようとする。
「閣下、あまり過保護すぎると、お嬢様に嫌われてしまいますよ!」
フュリオが早口でまくし立てた。
「……嫌われる、だと? 何故だ」
「過保護すぎると子どもはかえって反発するものなんです。せっかく楽しい毎日を過ごせているのに、嫌われてもいいんですか? パパと呼ばれて、腕の中に飛び込んでこなくなってもいいんですか?」
「……脅迫しているのか」
ギロッと睨み付けると、フュリオは「ひっ」と小さく声を漏らした。
「め、滅相もございません! そうではなくて、お嬢様にはお嬢様の付き合いがあると言いたかったんです。伯爵家の方々も、閣下が心配なさらないように考えていらっしゃいますから。あと三十分ほど様子を見ましょう」
「……戻ってこなかったら、伯爵家へ行く。騎士団にも号令をかけておけ」
「そこまでですか!?」
「当然だろう。私の娘なんだぞ」
その時、ノックの音がした。
「入れ」
「──公爵様、お嬢様がお戻りになりました」
執事のジャレットの報告を聞くや、ゼノンは部屋を飛び出して玄関へ向かう。
「公爵様、ただいま戻りました」
ノアがぺこりと頭を下げる。
「パパ、ただいまっ!」
「お嬢様、楽しかったですか?」
フュリオがにこやかに話しかける。
「うん!」
「閣下、良かったですね。……どうされましたか?」
表情を強張らせたゼノンに気付いたフュリオが、不審げな様子を見せる。
「ノア~、お腹空いちゃった」
「すぐに夕飯の準備をさせますね。お嬢様はまず手洗いうがいを……」
「待て」
ゼノンは迷わず、目の前の得体の知れない生き物の胸ぐらを掴んだ。
「閣下、何をされているのですか!?」
フュリオがやめさせようとするが、構わず胸ぐらを掴んだ手に力をこめる。
「公爵様、おやめください!」
ノアもすがり付いてくるが無視した。
「ぱ、ぱ、く、苦しい……や、やめてよぉ……ノアァ、フュリオォ、たすけてぇ……」
「私の娘の顔と声を騙るな、偽物がっ!」
「に、偽物……? 公爵様、どういうことですか」
「どうもこうもない。ノア、伯爵家で何があった」
「な、何もございませんでした」
「何かあったはずだ。思い出せ」
「伯爵家で他の令嬢方とお茶を飲んで。それから、お花を摘みに王都のそばの森へ出かけたくらいで……」
「なるほど。オリヴィエの魔力に釣られて手をだしたか」
「……っ」
「ボガート。子どもをさらう妖精よ。これは警告だ。娘の元へ連れていけ、さもなければ、お前も、お前の仲間も、住み処にしている森も全て焼き払ってやる!」
左手に炎を生み出す。
すると、オリヴィエに化けていたそれが正体を露わにし、耳の尖った少年に変化する。
ノアたちが驚きの声を上げた。
「お嬢様が……」
「チェンジリング。妖精どもの下らない芸だ」
「お、教えるから助けてぇ……!」
ボガートは泣きじゃくりながら、許しを乞うた。
※
疲れ果てた私は、湖のそばで座り込んでいた。
せっかくパパとの関係も良くなって、みんなとも仲良くなれたのに。
脱出計画だってうまく進んでいるし、魔法だって頑張ってるのに。
このまま、こんなところで死んじゃうのかな。
お腹も空いた……。
「オ……ア」
その時、ノイズまじりの声が聞こえた。
またボガートなの……。
私を馬鹿にして笑って苦しめたいのね。
でも泣いたりなんかしない。
ボガートの思い通りになんてなってやらないから。
絶対泣かない。
「オ……ヴェ……ア」
「うるさいったら。私はあなたなんかと話したくないの!」
「オリヴィエ」
へ?
それは、ボガートの声じゃない。
「パ、パ……?」
「オリヴィエ! 聞こえるんだな!」
「パパ! 私はここよ!」
力いっぱい声を振り絞り、応えた。
次の瞬間、闇に閉ざされていた森がガラスのように粉々に砕けかと思えば、目の前にパパがいた。
「パパ!」
無我夢中で、広げてくれた腕の中に飛び込んだ。
優しい温もり。
親しんだパパの香り。
パパに抱き上げられる。
「オリヴィエ、平気か?」
「うん!」
「お嬢様!」
月明かりの下、ノアとフュリオが駆け寄ってくる。
「安心しろ。ボガートはもういない。よく頑張ったな。お前が望むなら、この森を焼き払ってもいいが」
「それはだめ! 他の生き物もいるんだから……」
「それなら今回はあいつに慈悲をくれてやるか」
安堵が胸に広がると同時に、こみあげるものを押さえきれず、涙が次々と溢れてしまう。
パパに抱きつき、私は声を上げて泣いてしまった。
そんな私をパパは優しく包み込むように抱きしめ、落ち着くまで背中をさすってくれる。
その手つきはとても優しかった。
「心配かけてごめんなさい……っ」
私はようやく落ち着き、どうにかそれだけ言った。
「妖精は魔力に敏感だ。まだお前が子どもだから標的にされたんだろう。お前は何も悪くない。だから謝るようなことは何もない。いいな?」
私が頷くと、「よし」とパパは優しい声で言った。
「帰るぞ」
「うんっ」
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