1 前世の自覚
良く晴れた春の昼下がり。
私、オリヴィエ・レム・ネフィリムは前世の記憶を唐突に思い出したのは、もしかしたら神様が、将来、殺されるだろう私を憐れんだからかもしれない。
前世の私は二十代前半の日本人の会社員。
日々の激務でぼうっとしていたところ、交通事故で短い生涯を終えた。
そこからどうやら転生を果たしたみたい。
鏡に映り込む自分の姿をまじまじと眺める。
昨日と何ら変わらない姿だけれど、唐突に思い出した前世の意識が少し混じっているせいか、妙に新鮮に見える。
背中まで流した豊かな銀髪に、涙がこぼれそうなほど潤んだ青い瞳。
顔の形はしゅっとした小顔で、目鼻や唇といったパーツがバランス良く配置されている。
肌は色白でなめらか。
ネフィリム公爵家の一人娘である私は、前世で熱心にプレイしていた『君に捧ぐ剣』という乙女ゲームに登場する悪役令嬢。
私は、本当の公爵家の娘ではない。
死産だったと勘違いした産婆が責任追及されるのを恐れ、公爵夫妻の子どもだと言われても違和感がない孤児を手配し、すり替えたのだ。
そしていざ本当の娘を密かに埋葬しようとしたその時、娘は不意に息を吹き返し、元気な産声を上げた。
本来であれば喜ぶべきことだけれど、すでに赤子はすり替えた後。
産婆は公爵夫妻の娘を自分の手で養育することを決める。
本来の公女──ゲームの主人公であるローレライが母だと思っていた産婆の遺書で真実を知り、都へやってくるのが、今から十年後──十六歳の時。
世間は驚きながら、ありえないこととは思わなかった。
なぜなら公女として育った私は生まれた時から魔力がゼロだったから。
一方、ローレライは驚くほどの魔力を秘めていた。
ゲームの中のオリヴィエは怒りに駆られ、ローレライを殺害しようとして実の父や攻略キャラたちに阻まれて失敗。
断罪され、呆気ない最期を迎える。
このまま殺されるのをただ待っているなんて絶対に嫌。
ローレライがやってくるまでまだ十年もある。
それまでに逃亡資金を蓄え、逃亡に備えよう。
大丈夫。前世を思い出したお陰でゲーム知識もあるし、十分やれるはずだわ。
それに逃亡資金の目途はすでに立っている。
私は部屋の片隅に置かれた、たくさんの贈り物の山を見る。
ドレスや、装飾品など、どれもこれも値段を聞いたら唖然としてしまうほどの品々に違いない。
これはすべて、私のパパ……公爵家当主、ゼノン・ラムル・ネフィリムから贈られたもの。
パパは、この国、シュタインヴェーク王国で一番の魔法使い。
数多の戦に出陣し、華々しい戦果を上げてきた英雄。
艶めく黒髪に、ルビーのように真っ赤な瞳の美丈夫。
確か今年で、二十七歳。
攻略キャラでないにもかかわらず、他のメインキャラたちをしのぐ人気で、アクスタなどの関連グッズがたくさん作られたほど。
でも私にとっては父親とも言えないような存在。
なにせほとんど屋敷に戻ってこず、顔を合わせることもないから。
国一番の魔法使いの娘が魔力ゼロだなんてとても受け入れられなかったのだろう。
おまけにそんな娘が恋愛結婚で結ばれた大切な妻の命と引き替えに生まれてきたんだから、尚更。
だからパパは愛情の代わりに、物を贈ることで親としての責務を果たそうとしたのだ。
屋敷の使用人には私の望みは全て叶えるように命じ、贅沢を許した。
結果?
聞くまでもないでしょ。
わがままで、自分の思い通りにならないと癇癪を起こす悪女になったんだから。
私に必要なのは物なんかじゃなくて、愛情なのに。
だからと言って、ローレライを殺そうとしたことは許さないけどね。
パパが世間の親の十分の一でも愛情を注いでくれたら、何か変わっていたのかな。
意味はないと思いながら、そんなことを考えてしまう。
とにかくこの贈り物を換金すれば、逃走資金は何とかなりそう。
あーあ。せっかくファンタジーの世界にいるんだから、魔法くらい使いたかったな。
無理な話なのは十分、分かってるんだけどさ。
だって私はパパの血を引かない、魔力ゼロの孤児だもん。
前世の意識が芽生えたと同時に、神様から魔力の特典もプレゼント!っていう風にはなっていないかな。
前世で読んでいたネット小説にはそういうお話もあったと思うんだけど。
魔法が使えたら、どこでも暮らしていけるのに。
……ちょっと、試してみようかな。
ゲームの中の私は徹底的に魔法を憎み、背を向けた。
でも今の私ならもしかしたら。
物は試しって言うし。
前世の記憶が蘇ったんだから、他にも奇跡が起きる可能性はゼロじゃない。
ゲーム中、ローレライがはじめて魔法を使う場面を思い出してみる。
確かパパが自分の娘だと言い張るローレライが魔法を使えるか、試したんだよね。
『意識を集中させろ。自分の中の魔力に呼びかけるんだ』
意識を集中する。
お願い。私の声に応えて。
両手を、水をすくいあげるような形にする。
「火よ」
そう呟いた瞬間、手の中に火が生まれる。
「嘘!?」
しかしすぐに別の驚きに取って変わる。
「ちっさい!?」
マッチで起こした火くらいささやか。
けど、魔法が使えちゃった。
これって、転生特典って奴?
とはいえ、前世のネット小説に出てくるようなチートと呼ばれる能力と言うには、あまりにささやかなものだけど。
それでもこれで少しは希望が出てきたかも……って、あ、あれ、頭がくらくらする。
体がうまく動かせない。
なに、これ……。
直後、目の前が真っ暗になった。
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