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「俺とお前では釣り合わない」と言われたので、絶対に後悔させてあげます。

作者: 葦ノ冬夏


 リリナは王国公認の魔道具師だ。彼女には、幼い頃からずっと思いを寄せている人がいた。聖騎士セシル。彼はリリナの幼馴染であり、婚約者であり、生まれた時からいつも一緒にいた、世界で一番大切な存在だ。セシルは、齢十八にして聖騎士団の団長候補といわれるエリートだった。

 その日、遠征から帰省したセシルを出迎えたリリナは、心を躍らせていた。ひさしぶりに会う彼の顔を見て、頑張ったねと労いたい。そんな純粋な思いで、リリナは温かな声をかけた。


「セシル、おかえり。無事に帰ってきてくれて嬉しいわ」


 彼女は大きな笑顔でセシルを迎えた。しかし、返ってきたのは冷徹な睨みだった。何かがおかしい。セシルの表情は険しく、その瞳には自分に対しての思いやりがまったく宿っていない。不安が胸の奥底から沸き上がってくる。


「どうしたの? 何かあった?」


 恐る恐る聞くと、セシルは容赦なく言い放った。


「……お前との婚約は今日をもって破棄する!」


 その言葉は、リリナの心を一瞬で凍りつかせた。頭が真っ白になる。いや、自分の理解が間違っているのだろう。セシルが自分との婚約を破棄するはずがない。呆然とするリリナに、セシルは嘲笑うように言葉を重ねていく。


「よく考えればわかるだろう? 聖騎士団長候補の俺と、ただの道具職人のお前。釣り合うわけがない」


「セシル、何を言っているの……? だって私たち、小さい頃からずっと……」


 しかしセシルは彼女の言葉を遮り、さらに大きく声を荒げた。


「黙れ! ガキの頃の話なんかどうでもいい。俺には……新しい婚約者エミリア様がいるんだ。お前みたいな、ただの庶民とは違う! エミリア様は、侯爵家の令嬢だ。次期聖騎士団長の妻に相応しい、美しい女性だ。……わかったらさっさと出ていけ!」


 どうして。どうして……?

 そのたった一つの問いだけが、心の中を何度も何度も巡った。大好きなセシルに裏切られてしまうなんて。本当に信じられない。でもこれは夢ではなく現実だ。部屋を出た直後、リリナは座り込み、静かに涙を流した。生まれた時からいつも一緒だった。なんでも話せる仲で、心から信用していた。そして、お互いに愛し合っていたのに。それがこんな形で急に壊れてしまうなんて。


 * * *


 その後、セシルとエミリアが正式に婚約したと、リリナは父から聞かされた。しかし、その知らせを受けても、彼女は全く驚かなかった。セシルはもう、自分の婚約者ではない。自分を愛していない。ただそれだけの事実を受け入れるのに、さほど時間はかからなかった。その代わり、リリナは心の中で、既に覚悟を決めていた。——絶対に後悔させてやる、と。


 リリナは、隣の家——セシルの実家の扉を叩いた。二人の親同士も昔から仲が良く、勝手に家に出入りすることを許し合っていた。ドアを開けると、そこではセシルがエミリアの屋敷へ引っ越すため荷造りをしていた。目が合う二人。彼は、リリナを強く睨みつけた。


「何の用だ? 侯爵家に婿入りして出世する俺を罵りに来たか? 俺とお前では住む世界が違うんだよ、帰れ」


 その冷たい言葉にも、リリナはまったく動じることなく、淡々と答えた。


「私が今まで貴方に渡していた魔道具七個を、全てお返しください」


 セシルはそれを聞くと、大笑いした。


「なんだ、そんなくだらないことか! ちょうどいい、俺もお前みたいな底辺道具職人の魔道具なんて、全部捨てようと思っていたところだ! 返して欲しいと言うなら、全て返してやろう! ははははっ」


 そう言って、セシルは足で箱を蹴り飛ばした。中には、たしかにリリナがセシルのために作った魔道具が全て入っていた。彼女はそれを見つめたが、何も言葉を発さない。そしてリリナは踵を返し、セシルの実家を後にした。背後から聞こえる罵倒の言葉も、今のリリナには何も響かない。全て計算済みなのだから。


 一方、セシルは全てがうまくいったと思っていた。邪魔で地味な女リリナとの関係を切り、身分も容姿も優れているエミリアを手にいれた。そして、もうすぐ王国聖騎士団長の座につくことができるはずだった。これからの人生がきらびやかに輝いて見えた。栄光へと続く道は確実に自分の足元にある。そう確信していたのだ。


 しかし、それは大規模遠征にて、大型の魔物と対峙した時に水の泡になった。


 セシルは、リリナの魔道具の代わりに、商会で高値で取引されていた高級魔道具を使おうとした。見た目も豪華で、値段も張る。たしかに一流の品だった。


 だが——使った瞬間、それらの魔道具が粉々に砕け散った。


 剣の刃が亀裂を走らせ、粉々になった。盾も同じだった。装備した瞬間、荷電するように光り始めたかと思うと、激しい音とともに壊れた。弓も、槍も、すべてが使えない状態へと化していく。次々と装備を失うセシルを見て、周りの聖騎士たちも驚く中、セシルは大焦りで叫んだ。


「なぜ、なぜだ……? この剣も、盾も、いくらしたと思っているんだ!! ふざけるな!!」


 その叫びは虚しく響くだけだった。セシルは必死に他の魔道具を試すが、すべて同じ結果へ至った。使おうとした瞬間にことごとく壊れてしまうのだ。その哀れな光景は、他の聖騎士たちの目に焼き付いていく。次期聖騎士団長が、満足に魔道具すら使いこなせない。何度も何度も装備を失い、武器なき戦士として呆然と立ち尽くしているのだ。周りの聖騎士たちが次々と魔物を討伐していく中で、セシルは一人、何もできなかった。


 不名誉なその事実は、瞬く間に聖騎士団全体に知れ渡った。次期団長候補が、肝心な戦闘で何の役にも立たないということが、皆の共通認識になった。セシルの評価はガタ落ちになり、誰もが彼を嘲笑の目で見るようになった。次期団長候補であるはずの男は、突然、何もできない無用の長物へと化してしまったのである。

 遠征から帰還後、セシルは現団長から正式に団長候補から外されることを告げられた。さらに、婿入りしたエミリアの実家である侯爵家からも、絶縁を言い渡された。聖騎士団長になれない者など、侯爵家にいる価値はない、と切り捨てられたのだ。セシルは、全てを失った。地位も、名誉も、何もかも。


 青ざめた表情のセシルが、リリナの実家に訪れたのはそれから数日後のことだった。かつての自信に満ちた表情はどこにもない。代わりに、必死さと絶望が混在した哀れな顔が、そこにはあった。彼は何度も何度も頭を下げ、リリナに懇願した。


「リリナ。お願いがある。なんでもするから、あの、リリナの作った魔道具を返してくれないか……? お前の……いや、君以外の作った魔道具は全て壊れてしまうんだ……。このままだと、俺は聖騎士団にいることすら危うい!! 頼む!」


 大の男が頭を地面につけ、かつての婚約者に懇願している。つい数ヶ月前まで、“底辺道具職人“と蔑んでいた女に、今や自分の運命すべてを握られている。この皮肉にも気づかぬまま、セシルは必死に頭を下げ続けているのだ。かつての高いプライドなど、捨て去っている。


 しかしリリナは、冷酷な表情で淡々と言い放った。


「返すわけがありません。セシル様は言っておりましたよね。“底辺道具職人の魔道具なんて、全部捨てようと思っていた“と」


 その言葉は、セシルが自らの口で吐き出したものだった。それが今、自分の首を絞めている。一度放った言葉は撤回できない。セシルの青ざめた顔がさらに蒼白へと変わる。彼の目には、絶望と後悔の色が深く映っている。


 セシルは焦りながら、大声で叫んだ。


「違う、違うんだ、リリナ。違う。あれは、俺が悪かった! 俺がぜんぶ、ぜんぶ悪いっ!! だから、」


 その声には、かつての威厳や傲慢さは存在しない。ただ、子どものような哀願が籠もっていた。全てを失った男が、最後の望みに縋ろうとする無様な姿そのものである。しかしリリナは、その必死の叫びにも何も動じることなく、静かに言った。


「セシル様の魔力量は素晴らしいです。この国でいちばん、とも言えるでしょう。私はぜんぶ分かっていました。だから、あなたのとてつもなく大きな魔力量も許容できる魔道具を、王国“唯一の“公認魔道具師である私が、オーダーメイドで作ったんです」


 リリナの冷たい言葉には深い意味が込められていた。彼女はセシルのすべてを知っていた。生まれながらの聖騎士としての才能、魔力量、本質。それらすべてを理解し、受け入れ、支えるために、リリナは魔道具師として腕を磨き続けた。セシルのためだけに、特別な、他の誰にも作れないオリジナルの魔道具を作った。その卓越した技術は、国王にも認められ、彼女はこの国でただ一人だけ公認魔道具師の称号を手に入れていた。リリナは決して“底辺道具職人”ではなかったのだ。


 その時、セシルはようやく気づいた。自分のことを完全に理解していたリリナが作った魔道具だから、自分は今まで戦えていたのだと。自分の圧倒的な魔力量に対応できる魔道具を作れるのは、世界でたった一人——リリナだけだったのだ。だから、どんなに高価な魔道具も、彼の力を受け止められず粉々になった。


 セシルの脳裏に、ある記憶が鮮烈に蘇った。小さい頃、二人で草原に寝転がりながら交わした約束だ。


『リリナ。俺たち、大人になったら結婚しよう』

『ほんとに?! じゃあ、ぜったい約束ね!』

『うん、俺は国いちばんの聖騎士に……いや、聖騎士団長になる!! それで、リリナのことを迎えにいく!』

『……じゃあ私は——セシルが夢を叶えられるように、ずっと支えるね。』


 支える。その言葉に、すべてが詰まっていた。セシルが聖騎士団長になるために。セシルが自分の力を十分に発揮するために。セシルが輝き続けるために。リリナは、魔道具師として、女性として、愛する人を支え続けたのだ。ずっと一緒にいた幼馴染。大切で、世界一信頼できる関係。原っぱで小指を重ねてした約束。全て、自分が壊してしまった。いまになって、セシルはようやく気づいた。自分が失ったものが、どれほど貴重だったのか。自分がどれほど大切にされていたのか。自分がどれほど愛されていたのか。

 エミリアは、彼が団長候補だったから婚約したのだ。セシルの地位が失われた時点で、すぐ彼女は去っていった。だが、リリナは違った。セシルのすべてを理解し、支えていたのだ。ただ、セシルという人間そのものを愛していたのだ。


 セシルは、呆然とその場に膝をつき言葉を失っている。その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。自分が何を失ったのかを骨身に沁みて理解している、一人の哀れな男の姿。そんな彼に、リリナは最後の言葉をかけた。


「さようなら、私のいちばん大好きだった人」

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