深海の騅
この心地よい空間が、嫌いだ。
見渡す限り拡がる次縹色の青空、果てしなく伸びるように錯覚する程の積乱雲。
綺麗だ。
だが、どこかハリボテに視える。
毎日、見る景色。
変わり映えしない、景色。
まるで巨大な天蓋に覆われている気分だ。
その下には紺碧に輝く水面。
どれほど深いのかは分からない。
毎日微風に揺られて穏やかに波を立てる。
そんな海の上には何も無い。
たった一本の線路を除けば…。
その線路上には十一両編成の電車。
昔東京に行ったときに乗ったことがある、と思う。
俺は今、その電車に揺られている。
いつ停まるのかは分からない。
時々、不定期に駅のホームに停まるのだ。
そこで乗客が数人乗り降りする。
乗客は、何人かいる。
だが顔が分からない。
知らない顔だということではない。
顔自体を認識できないのだ。
顔を見ても人間の形を留めていないように見える。
靄が掛かっているのかもしれない。
元々顔のパーツが付いていないのかもしれない。
こんな空間が現実にあるとも思えない。
たとえ顔のパーツがなかったり、歪んでいたり、靄が掛かっていたとしても異世界なら不思議ではない…かもしれない。
ただこの空間が美しく見える裏、何かの闇を抱えているように見えてならない。
だが、この世界の始まりを、俺は覚えていない。
世界の始まりなんて知るわけもない筈なのに。
でも、知ってはいた。
きっと。
俺は覚えてた。