命日
『夜の帳が下りた街の中、一際大きな明かりを放つ家。真っ赤な光とどす黒い煙。橙色の火の粉が風に運ばれていく。
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カーテン越しの日差しが体に朝が来たことを伝え、目覚めさせた。まだ部屋の眩しさに慣れない目をこすりながら、もそもそと布団から這い出す。
そうだ、今日はあいつの命日だ。平静を装ってパンと水を体に流し込み、歯を磨く。実行日には休日を選んだので、着替えるのはスーツではなく私服。目立つのは苦手なので、なるべく目立たない服をあらかじめ店で買っておいた。
身支度を済ませて玄関の扉を開けると、冷たい風が頬を刺した。思えばここ数日……1週間以上雨が降っていない。空気がとても乾燥していて、火事が怖い季節になってきたなぁ……と感じた。
スマホを片手に駅への道を歩いていく。一歩一歩、あいつとの思い出を踏み締めるように。
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ICカードを改札に翳し、スマホを持ったまま駅のホームへと進んでいく。その親指は忙しなく動いていた。
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ネット小説を書く趣味は世間的にはなかなか理解されにくいものだと思う。僕も胸を張ってこの趣味を他者に言えるほどの度胸はないので、スマホの画面が他の乗客から見えないようにスマホを傾けつつ指を動かした。
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自宅からはかなり離れた駅を出て、バスに乗って予約しておいたレストランに向かう。美食は人生の一コマに彩りを与えてくれるのだ。
お腹が満たされたので、あらかじめ目をつけていた公園のトイレに移動した。バッグから服を取り出し、全身を黒一色に包む。今日という日にふさわしい格好をしなくては。
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電車でまた一時間ほどかけて、あいつの家の近くまで着いた。太陽は赤く染まり、その輪郭を曖昧にしながら沈んでいく。日の短さにも季節を感じた。
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また歩いて、家の前。太陽はすでに見えないが、空はほんのりと明るい。以前もらった合鍵を使って家に入る。何度も来たこの家の間取りが懐かしい。廊下を進んでいって……ドアの前。扉越しに、君の息遣いが聞こえる。
それにしても、小説サイトというのは便利だ。いつでもどこでも、好きな時に書いて内容を更新できる。君はリアルタイムで文章が追加されていってることに気づいていたのかな。あらかじめ、これを読むように送っておいたからね。君が読み始めたら止められないタイプなのは知っているし、このページへのアクセスは僕の端末から確認できるんだよ。
まだ、フィクションだと思っているのかい?君のすぐ後ろまで、現実は迫っているのに。』
カチリ、と真後ろで音がした。激鉄の音だと理解するのにコンマ数秒、汗が吹き出すと同時に、振り返る暇もなく引き金が引かれた。
「なん……で……」
意識が途切れるまでの束の間、目の前に落ちた端末に反射する顔が、黒い帽子とサングラスをつけた彼が見えた。