09 研いで
英語のテストがあったので、早めに大学に行き、図書館で勉強した。兄がいると集中できないのだ。加えて僕の身体に蓄積されているのは、夜中に叩き起こされてしょうもないことをさせられた疲労。テストを受ける前に缶コーヒーをガブ飲みしておいた。結果はまあ及第点、といったところだ。
兄は今日も飲み会。僕は兄を待つ気などさらさらなかった。どうせまた夜中に起こされるものだと決めつけて、僕は完全に身構えた状態でベッドに入った。
――あーあ、今夜は何だろう。僕だって大学生活があるのに、構いやしないんだから。
しかし、僕は兄を嫌いになれない。殴るしワガママだし子供っぽいし、トイレが長いのも何とかして欲しいけど、外では完璧な兄なのだ。僕以外の人には優しく紳士的。その反動が家庭で出ているのだと考えれば、家族として多少は甘やかしてやらないと可哀相な気がした。
兄のことを考えていると、身体はだるいのに眠れなくなった。僕はスマホのアルバムアプリを開いた。兄と行った旅行先の風景、料理、気まぐれに撮ったツーショット。画面の向こうで表情をキメている兄は悔しいがカッコいい。
「兄さん……」
今ごろバカみたいに酔って機嫌をよくしているのだろう。警察のお世話にならずに無事に帰ってきてくれることを祈りつつ、僕は目を閉じた。
気が付いたのは、頬にペタペタとあてられる冷たく硬いものの感触。
「ふぇ……何……?」
目の前をかすめたのは、包丁だった。
「ひっ!」
「なぁ瞬! 便利な物買ったからさ、やってほしいんだけど!」
「危ないじゃないか! 何するんだよ!」
「大丈夫だって。この包丁、あんまり切れなくて瞬も困ってただろう?」
「まあ……そうだけど……」
兄が自慢げに見せびらかしてきたのは、切込みに包丁を入れて引くタイプのシャープナーだった。これで研げということらしい。
「僕だってこれ、やったことないよ? 兄さんが買ったんだから兄さんがやって」
「こわいんだよ。頼むよ瞬」
「はぁ、もう」
きちんと包丁を洗った後、説明書を見ながら包丁を研ぐことにした。往復させずに同じ方向に引かねばならないらしい。ただ、数回程度でいいとのこと。切れ味を試したくなった僕は、冷蔵庫に残っていたリンゴを切ってみた。
「おおー」
確かにスッと刃が通るようになった。兄はどうせ寝ているので報告せずに、夜中の二時にリンゴをシャリシャリむさぼった。




