08 作って
兄の悪いところといえば殴ってくるところだが、まだあった。トイレが長いのだ。朝起きて用を足そうとしたら兄が先に入っていて、僕はトントンとドアをノックした。
「兄さん! 長くなりそう?」
「今頑張ってる……」
「僕おしっこだけだから先に入りたいんだけど?」
「いや、今は無理だ、今は……」
結局、五分ほど待たされた。スッキリした顔の兄と入れ替わりでトイレに駆け込み事なきを得た。出た後に僕は兄に文句を言った。
「兄さんが便秘がちなのって食生活が偏ってるからだと思うんだよね。いいオッサンなんだし、そろそろそういうの気にしたら?」
ちょっとトゲのある言い方だったかな、逆ギレされるかな、と思いきや、兄は素直だった。
「確かにそうだな。俺、ちゃんと調べて考えてみるよ」
そうしてスマホとにらめっこ。僕は支度をして大学に行った。
昼休み、友人らと食堂でご飯を食べていると、兄からメッセージがきた。「今日は鍋!」である。兄なりに便秘改善を考えて出した結論がそれなのだろう。鍋は僕も好きだし、夕飯を楽しみにしながら残りの講義を終えた。
「瞬! 便秘にはキノコがいいらしい! キノコ中心の鍋だぞ!」
「わぁい!」
定番のシイタケにエノキ、エリンギ。それを醤油ベースのスープで煮込む。これが絶品だった。
「うん! 美味しいねぇ兄さん」
「オッサンとは認めたくないが身体は気遣わないとな!」
身も心もほっこりしてその日はベッドに入ったのだが、心配なのはまた夜中に起こされることである。何があっても起きないぞ、と決心してから眠った。
しかし。
ボトン! ボトン! ボトン!
「ぐえっ」
お腹に衝撃が何度もきた。これは殴られているのではない。何かを……落とされている? たまらず僕は目を開けた。兄は手にミカンを持っていた。そしてベッドにはバナナやリンゴ。まさか、これを?
「絶対嫌だからね!」
「俺まだ何も言ってないんだけど」
「どうせアホらしいことでしょ!」
「そんなことないぞ。俺の健康、そして美容のためだ。ミックスジュースを作ってくれ」
「……はぁっ?」
兄にくどくどと説明された。便秘にはまず水分。これが絶対的に効く、という飲み物はないらしいのだが、ハチミツに含まれるオリゴ糖がいいらしく、それを混ぜたミックスジュースがあれば、美容にもいいし一石二鳥だという。
「はいはい……やればいいんでしょ、やれば」
僕も段々投げやりになってきた。果物はある程度細かくしてからミキサーに入れねばならないので、包丁で切ろうとしたが、切れ味が悪くて苦労した。そして、ハチミツ入り特製ミックスジュースが出来上がったのだが……。
「まあ、寝てるよね」
兄は豪快なイビキをかいていた。僕はミックスジュースをコップに注ぎ、ラップをして冷蔵庫に入れておいた。
翌朝。
「んめぇ! んめぇぞ瞬!」
「どうも」
「でも果物って高いんだよなぁ。たまのご褒美にするか」
「あっそう……」
毎晩やらされる羽目にならなくて僕は安心した。