06 抜いて
大学の単位は完璧に取っておきたい。成績表は実家にも届くらしいし、落とさないように必死だ。朝から夕方までみっちりと講義を受け、帰宅した。兄がキッチンで何かを作ってくれていた。
「おう瞬、おかえり。今日は肉じゃがだぞ」
「わぁい! 僕、兄さんの肉じゃが大好き!」
兄は野菜が苦手で、肉じゃがといっても本当に牛肉とジャガイモしか入っていない代物である。しかし、ダシがよく効いていて最高なのだ。
「んー、美味しい、ありがとう兄さん」
「瞬は美味そうに食うなぁ。作り甲斐があるよ」
満腹になった僕は、兄が洗い物をしている間に、ベッドに行ってそのまま眠ってしまった。
むにゅう。むにゅっ、むにゅっ。
足ツボマッサージをされているような感覚で目が覚めた。
「え……何だよぉ……」
「起きたか瞬。今、すげーことになってるんだ。早くリビングにきてくれ」
「またぁ?」
時刻はいつも通り深夜二時。また兄はこんな時間まで起きていたらしい。リビングに行くと、ダイニングテーブルの上に、ジェンガが積み重なっていた。
「す……すごっ! 天井に届きそうじゃない!」
「すげーだろ? でさ、あと一つ、どうしても抜けそうで抜けなくて。瞬にやってほしいんだ」
「ええ……失敗しても怒らない?」
「怒らないってば。ほら、あそこ。半分まで抜けたんだけどそれ以上こわくてさ」
「よし、やってみる」
僕は椅子の上に立って半分飛び出たジェンガを触ってみた。しかし、ここを抜いてしまうと一気にバランスが崩れそうだ。本当にここを抜いていいのだろうか。
「兄さん……ここはちょっと、やめた方がいいんじゃない?」
「そっか。他にできそうなとこないか?」
「うーん……っていうか、何で一人でジェンガなんて始めたの……」
「眠れなくてさ。頭と指先使ったらしんどくなるかと思って」
僕はジェンガを隅々まで観察した。下の方はけっこうスカスカ。これで成り立っているのだから奇跡的だ。真ん中当たりは歪んでいていかにも危ない。となると、やはり上の方を取るのが安全だろう。
僕は深呼吸をした後、一つのジェンガに狙いを定め、ゆっくりと引き抜いていった。
すっ……すぅっ……すすっ……。
抜けた!
あとは慎重に乗せて……これでよし。
「兄さん! できたよ兄さん!」
案の定、兄はソファで崩れ落ちて寝ていた。
「まあどうせそうだろうと思った」
僕は記念にジェンガをスマホで撮影した。