02 縫って
僕は文学部。締め切りが近いレポートがあって、集中するために図書館でやってから帰宅した。兄は飲み会だと聞いていたから、一人で冷凍のチャーハンをレンチンして食べて、帰りを待たずに眠った。
すっかり熟睡していたのに、頭に何かをガバッとかぶせられ、揺らされて起こされた。
「瞬! 起きてくれよ瞬!」
飛び起きると、赤ら顔の兄が酒臭い息を吐いていた。僕にかぶせられていたのは……黒いコートだ。
「おかえり兄さん……なぁに?」
「頼みがあるんだ」
「ええ……?」
兄はコートのポケットからボタンを取り出した。
「これ、袖のとこのやつ、取れたんだよ。縫ってくれよ瞬」
「はいはい、また今度やってあげるから……」
「また今度じゃ忘れるだろ。俺、このコート気に入ってるんだって。毎日着たいから今すぐ縫ってくれ。なっ?」
僕はコートとボタンを持ってリビングに行った。裁縫セットがそこの引き出しの中にあるのだ。ソファに座り、まずはあくび。眠い目をこすりながら、ボタンつけを始めた。
まずは余計な糸を取り除く。これは簡単。そして糸選び。黒があったのでこれを使う。針に通して……玉結び。これにけっこう時間がかかった。僕は裁縫はできるが頻繁にするわけではないのだ。
母から教わったことを思い出しながら、丁寧に縫いつけていく。分厚い生地なので針を刺すのが一苦労だ。固く引き絞り、これで完成。裏から見ると粗さが目立つが、見えない場所なので別に構わないだろう。
「……うん、いい感じ」
僕はコートを持って寝室に行った。
「兄さん! できたー!」
兄は枕に顔を埋めて動かなくなっていた。僕はバシバシ肩を叩いた。
「兄さん! ボタンつけできたよ! 兄さんっ!」
ダメだ。びくともしない。時計を見たらまた深夜二時。兄は終電で帰ってきたのだろう。そのまま風呂も入らず着替えさえせずに寝てしまうなんて……。
「はぁ……もういいよ。おやすみ」
翌朝、兄にコートを突き出した。
「おおっ! ありがとうな、瞬!」
「これで今日も着れるよ」
「んー、今日はライダース着たい気分なんだよなぁ。そのコート、クローゼットにかけといて」
「ええ……せっかく僕が夜中にやったのに?」
この日は講義は昼から。僕は二度寝した。