10 削って
そういえば去年は大掃除をしていない。窓の汚れが気になった僕は、大学の帰りに雑巾を買い、せっせと拭いた。兄に言ったところで「どこが変わったんだ?」とかなんとか言われるのがオチだろうと思い、黙っていたのだが……。
「おっ! 窓綺麗になってるじゃねぇか。ありがとうなぁ瞬」
「えへへ、どういたしまして」
褒めてくれた!
自分でもチョロいなぁと思いつつ、ニヤニヤが止まらない。兄に命令されたことではなく、自発的にやったことだからこそ、余計に嬉しいのだろうか。
さらに、兄はこんなことを言ってきた。
「宅飲みしよう! 酒買ってきた」
「いいねぇ」
明日は休み。テーブルいっぱいにつまみを並べて兄と語らった。
「やっぱり僕はビールが好きだなぁ」
「瞬って炭酸苦手だったのに、すっかり飲めるようになったなぁ」
「最初は嫌々飲んだけどね。あの時はまずかった」
「今は?」
「最高!」
それから、そろそろ次の旅行でもしたいという話になり、スマホで調べながら案を出していった。自然の風景を眺めるのもいいし、歴史的な建造物に行ってみるのもアリ。あとは何と言っても食事である。行きたいところだらけで決まらない。
僕と兄は、椅子からソファに移動し、話し合っていたのだが、お酒のせいか唐突に眠気が訪れ、兄の肩に頭を預けて眠ってしまった。
揺り動かされたのは、やっぱり夜中の二時。
「瞬! 俺寝れないんだよ! 起きてくれよ!」
「はぁ……今日はそんな理由?」
「頼みたいことはあるぞ。これを見てくれ。色鉛筆」
「ん……ああ、そういえばあったね」
「使いたいから削ってくれ」
「使う……?」
理由は削りながら聞くことにした。
「瞬が寝てからさー、暇だったからさー、部屋ん中かき回してたんだよ」
「うん……それで?」
「昔買った塗り絵の本放置してたの見つけて」
「そういえば昔流行ったね」
「今からやろう!」
「はいはい」
兄は五冊くらい本をまとめ買いしていた。どれも手つかずだ。兄と向かい合い、塗っていく。
「うーん、けっこう難しいね兄さん」
「だなぁ。こういうのにもセンスが出るんだよ」
僕が選んだのは花咲く庭園に動物たちが集まっている絵。葉っぱの一枚一枚をはみ出さないよう丁寧に塗っていく。そうしていると、心が落ち着いてきて、ふとこんな言葉が口をついて出た。
「兄さん、好きだよ」
「ん? 塗り絵が?」
「じゃなくて兄さんが。夜中に叩き起こしてくるし、トイレ長いし、殴るし、意地っ張りだし、トイレ長いけど、それでも兄さんとはずっと一緒に暮らしていきたいと思うんだ」
「……瞬」
兄は色鉛筆を置き、僕の手の甲に手を重ねてきた。
「俺も好き。瞬は俺の大事な大事な弟だ」
「そう思うならもっと優しく取り扱ってよね? もう変なことで起こさないで」
「わかったよ。ずっとずっと一緒だぞ、瞬」
そして、兄は本当に約束を守り、それからは夜に叩き起こしてくることはなかった。
おしまい




