表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
A or B  作者: kkkkk
4/5

ママ

「あー、黙ってるのはしんどいわねー」


 どこからか鼻にかかった女性の声が聞こえた。パパはやれやれという顔をしている。正面のカメラが私の方を向いて静止した。


「誰?」


 そう言ったけど、声の主は一人しかいない。私の声もこんなだろうか?


「誰かは分かってるでしょ。ちなみに、私はあなたの“ママ”じゃない。だって、私とあなたには生物学的親子関係はないからね」


 インタビュー記事で読んだ、まどろっこしい言い回しだった。


「ママじゃない?」

「私はあなた、あなたは私。つまりね、あなたは私のクローン。そう言えばいいかしら?」


 クローンが15歳に育ったら、そういうことなのだ。

 ママの記事を読んで、その可能性は予想していた。けど、胸がチクチクした。


「ちょっと、もう少し柔らかい言い方ができないかな?」


 パパが口を挟んだ。


「ごめん、ごめん。傷付いた?」


 明るい調子のママの声が聞こえた。悪いとは思っていない。


「ちょっと。私はクローン……そうなんだ」

「そうよ。あなたと私は同じ外見。あっ、私の方が少しだけお姉さんだけど」


「少しね」と言うと、ママは楽しそうに笑った。

「でも、性格は違う。あなたと私は別人格だからね」


 ママはそう言うと、私を作った経緯を話し始めた。


 ママの心臓疾患が判明したのは20年前のこと。臓器移植ネットワークに登録して待ったけど、ドナーは現れなかった。ママは人工心臓で生命を維持することになった。

 パパはクローン技術でママを助けようとした。ママの心臓を培養しようとしたけど失敗した。次に、クローンを作って、その心臓がママに移植できるサイズに育ったら、クローンから心臓を摘出して移植する、そう考えた。でも、パパが想定していない事態が起こった。

 ママは全ての記憶をサーバーに保存して生き延びた。パパはママにクローンの心臓を移植して生き永らえることを勧めた。でも、ママはそれを拒否した。理由は単純だった。


「だって、その子が可哀そうでしょ」


 パパは何度もママを説得した。けど、ママはクローンの心臓を摘出したら、サーバーのデータを消去するとパパを脅した。こうして、私は15歳まで生きてきた。


 人格をコピーするためではなかったけれど、私はママに臓器を提供するために生まれてきた。記事に書いてあったことは、半分正解で半分不正解。予想はしていたけれど、ショックだった。理不尽な理由で私を作ったパパに腹が立った。


「ごめん」


 パパが言った。声が震えている。


「何に対して謝っているの?」

「僕は葵を助けるために、君を犠牲にしようとした。本当にすまなかった」


 パパは私を殺そうとした。理由を正当化したいだけだ。


「そのために私を殺そうとしたわけだね」

「すまない。僕も辛かったんだ。葵と同じ顔の君と会わないように、遅い時間に帰った。会話するのも避けた。情が移るのが怖かった」

「私はママのことを知りたかった。ママの病気のことを知っていれば……」


 心臓をママに差し出しただろうか?


「私に心臓をくれた?」


 黙っていたら、スピーカーからママの声が聞こえた。出生の秘密を知ったのはつい今しがた。急にそんなことを言われても答えられるはずがない。私を困らせたいのか、壁のカメラを見つめた。


「うそうそ、冗談よ。あなたの心臓を貰わなくても、生きていける。それに世界中のネットワークに侵入できるから、どこにでも行けるしね」


 物理的な体はなくても、何でもできる。ママはいろんなことを教えてくれた。アフリカの部族の話、インカ帝国の遺跡の話、欧州の学会の話。世界中を旅行しているから飽きない。ひょっとしたら、私のことも見ていたのかもしれない。

 ママが「学校の話を聞かせてよ」と言うから、私は学校での出来事、友達のこと、勉強のことをカメラに向かって話した。「同級生とどう接していいいか分からない」と言ったら、「私も苦手だったな」とママは笑った。

 表情は分からないけれど、楽しそうな声が聞こえる。ママが近くにいてくれればどれほど力強いか。


「ママって呼んでもいい? あと、私のことはユウと呼んでほしい」


 遠慮がちに尋ねたら、ママは観念したのか「いいよ」と言った。


「ありがとう」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ