ママ
「あー、黙ってるのはしんどいわねー」
どこからか鼻にかかった女性の声が聞こえた。パパはやれやれという顔をしている。正面のカメラが私の方を向いて静止した。
「誰?」
そう言ったけど、声の主は一人しかいない。私の声もこんなだろうか?
「誰かは分かってるでしょ。ちなみに、私はあなたの“ママ”じゃない。だって、私とあなたには生物学的親子関係はないからね」
インタビュー記事で読んだ、まどろっこしい言い回しだった。
「ママじゃない?」
「私はあなた、あなたは私。つまりね、あなたは私のクローン。そう言えばいいかしら?」
クローンが15歳に育ったら、そういうことなのだ。
ママの記事を読んで、その可能性は予想していた。けど、胸がチクチクした。
「ちょっと、もう少し柔らかい言い方ができないかな?」
パパが口を挟んだ。
「ごめん、ごめん。傷付いた?」
明るい調子のママの声が聞こえた。悪いとは思っていない。
「ちょっと。私はクローン……そうなんだ」
「そうよ。あなたと私は同じ外見。あっ、私の方が少しだけお姉さんだけど」
「少しね」と言うと、ママは楽しそうに笑った。
「でも、性格は違う。あなたと私は別人格だからね」
ママはそう言うと、私を作った経緯を話し始めた。
ママの心臓疾患が判明したのは20年前のこと。臓器移植ネットワークに登録して待ったけど、ドナーは現れなかった。ママは人工心臓で生命を維持することになった。
パパはクローン技術でママを助けようとした。ママの心臓を培養しようとしたけど失敗した。次に、クローンを作って、その心臓がママに移植できるサイズに育ったら、クローンから心臓を摘出して移植する、そう考えた。でも、パパが想定していない事態が起こった。
ママは全ての記憶をサーバーに保存して生き延びた。パパはママにクローンの心臓を移植して生き永らえることを勧めた。でも、ママはそれを拒否した。理由は単純だった。
「だって、その子が可哀そうでしょ」
パパは何度もママを説得した。けど、ママはクローンの心臓を摘出したら、サーバーのデータを消去するとパパを脅した。こうして、私は15歳まで生きてきた。
人格をコピーするためではなかったけれど、私はママに臓器を提供するために生まれてきた。記事に書いてあったことは、半分正解で半分不正解。予想はしていたけれど、ショックだった。理不尽な理由で私を作ったパパに腹が立った。
「ごめん」
パパが言った。声が震えている。
「何に対して謝っているの?」
「僕は葵を助けるために、君を犠牲にしようとした。本当にすまなかった」
パパは私を殺そうとした。理由を正当化したいだけだ。
「そのために私を殺そうとしたわけだね」
「すまない。僕も辛かったんだ。葵と同じ顔の君と会わないように、遅い時間に帰った。会話するのも避けた。情が移るのが怖かった」
「私はママのことを知りたかった。ママの病気のことを知っていれば……」
心臓をママに差し出しただろうか?
「私に心臓をくれた?」
黙っていたら、スピーカーからママの声が聞こえた。出生の秘密を知ったのはつい今しがた。急にそんなことを言われても答えられるはずがない。私を困らせたいのか、壁のカメラを見つめた。
「うそうそ、冗談よ。あなたの心臓を貰わなくても、生きていける。それに世界中のネットワークに侵入できるから、どこにでも行けるしね」
物理的な体はなくても、何でもできる。ママはいろんなことを教えてくれた。アフリカの部族の話、インカ帝国の遺跡の話、欧州の学会の話。世界中を旅行しているから飽きない。ひょっとしたら、私のことも見ていたのかもしれない。
ママが「学校の話を聞かせてよ」と言うから、私は学校での出来事、友達のこと、勉強のことをカメラに向かって話した。「同級生とどう接していいいか分からない」と言ったら、「私も苦手だったな」とママは笑った。
表情は分からないけれど、楽しそうな声が聞こえる。ママが近くにいてくれればどれほど力強いか。
「ママって呼んでもいい? あと、私のことはユウと呼んでほしい」
遠慮がちに尋ねたら、ママは観念したのか「いいよ」と言った。
「ありがとう」