表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君のいない場所  作者: ヤン
第一章 
7/41

第七話 本当は……

「坊ちゃま。遅かったですね。濡れませんでしたか? ばあやは、坊ちゃまが心配で心配で」

「ばあや。心配かけて、ごめんね。傘を借りたから、濡れないで済んだんだ。この傘は、ミハラくんが貸してくれたんだけど、ミハラくんがさしてきたのは別の人の傘で。ややこしい。とにかく、この傘をミハラくんに返さなきゃいけなくて、ミハラくんはその為だけに、オレをここまで送ってくれたんだ。ばあや。ミハラくん、オレをかばってズボンのすそが濡れちゃったんだけど、乾かせないかな」

「乾かしますとも」

「ありがとう、ばあや。ねえ、ミハラくん。乾かす間、お茶でもどうかな」


 三原が、才とばあやを交互に見てくる。しばらく考えている様子だったが、首を振った。


「いや。今日はこれで帰るよ。また誘ってくれ。どうせ、乾かしてもらっても、帰り道で濡らしちまう」


 それは確かにあり得そうなことだった。才は、残念に思いながらも、三原を引き止めることはしなかった。


「わかったよ。じゃあ、今度誘った時は、絶対家の中に入ってよ?」

「ああ。約束する」


 そう言った後、三原はばあやの方に向き、


「お邪魔しました」


 深々と頭を下げてから傘を開いた。そして、才をじっと見てから片手を軽く上げると、笑顔で、


「じゃあな」

「うん。またね」


 手を振り合った。三原は、振り向かずに小走りになりながら、津久見家を出て行った。才は、しばらくその姿を目で追った後、


「ばあや。オレ、お腹すいたな」


 甘えるように言うと、ばあやも優しく微笑み、


「すぐに準備しましょう」


 玄関の鍵を閉めると、台所へ向かった。



 翌日の朝、才は昇降口で三原に会った。「おはよう」と言うその声に、いつものような強さがない。才は、不思議に思って、


「おはよう、ミハラくん。あの……何かあった?」


 才の言葉に、三原は首を振った。上履きにはきかえた三原が、才を見ながら、暗い調子で言った。


「サイ。昨日は、ごめん」

「ごめん? 何、それ」


 いきなり謝られて、才は訳がわからなかった。三原は、はーっと息を吐き出すと、


「昨日、あれから考えたんだけどさ。オレ、昨日さ、頭回ってなかったな。あそこ、商店街だし、コンビニもそばにあるし、傘、買えたよな」


 言われて初めて、そのことに気が付いた。才は、感心して、「ああ。そうか」と言い、


「オレも、全然思いつかなかったよ。そうか。その手があったんだね」

「だろ? なのに、オレさ、とにかくおまえを無事に家に帰さなきゃって、そればっかり考えてて。送らなきゃって思っちまって。いきなり家まで来られて、迷惑じゃなかったか?」


 強そうな人なのに、意外と些細なことを気にするんだな、と才は内心驚いていた。が、その気遣いが、才には嬉しかった。つい、口元に笑みが浮かんでしまう。


「いや。オレ、家に来られるのは全然平気だから。それより、ミハラくん。オレのことかばって制服濡れちゃったよね。オレの方こそ、謝らなきゃね。ミハラくん。ごめんね」

「オレが、したくてしたことだから。おまえが謝ることじゃない。それに、制服は乾いた。何も問題ないだろ」

「じゃ、謝罪じゃなくて、感謝するよ。ミハラくん。昨日は本当にありがとう。今度は、本当に家の中に入ってもらうからね」

「ああ。絶対だ」


 そこで、ようやく三原の顔に安堵が見て取れた。才は、ほっとして三原に微笑む。それを見た三原が、才の髪を撫でた。鼓動が速い。


「サイ。おまえ、本当に可愛いな」


 そんなことを言われたら、つい、何かを期待してしまう。それでも、才は自分の感情を認めたくなかった。才は、三原の手を払うと、


「ちっちゃい子じゃないんだから、やめてよ」


 そう言われて、三原は、はっとしたような表情になり、才から手を離した。離されて才は、何とも言えない気持ちになる。


(本当は……)


 その先は、自分の心の内ですら、言ってはいけない。才は、冷静を装って、


「じゃあ、またお昼に」

「ああ」


 三原が背を向けて歩き出したのを見送ってから、才も自分の教室へ向かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ