第五話 来日公演
最近、三原たちと集まると、才以外の三人が、何か楽しげに話している。才は、それが外国のロックバンドで、秋になったら来日するということを、彼らの話から知った。
「みんな、そのライヴに行きたいんだね」
才がそういうと、三人は深く頷いた。
「だってな、サイ。来日は、十年ぶりなんだぞ。今度、いつ来てくれるかもわからない。行きたくなるだろ。だけどさ……」
三原の表情が暗くなった。高矢が、三原の肩を軽く叩いた。
「仕方ないだろ。誰だって、行きたいんだから。チケット取れないのなんか、当然だ。何人が、そのチケットを欲しがってると思うんだ?」
高矢の言葉に、三原は首を傾げて、「さあな」と言った。
「とにかく、すげー人数だろうよ。販売開始からずっとアクセスしようって頑張ったのに、全然ダメだったんだからよ」
「ミハラ。もう、諦めようぜ」
「わかってるさ」
三原が、大きな溜め息を吐いた。彼らをこんなにも夢中にさせるバンドの曲とは一体どんなものなんだろう、と興味が湧いて来た才は、三人を順番に見た後、
「オレも、そのバンドの音楽、聞いてみたいな」
才の発言に、一番に反応したのは、創だった。創は、みるみる笑顔になり、
「いいよ。聞こう。今日こそ、オレの家に来てよ」
以前、創に誘われた時には、ピアノのレッスンがあると嘘を言ってまで断った。しかし、今回は微笑みさえ浮かべて、「行くよ」と即答した。才の返事を聞くと、誘った創が何か言う前に、三原が、
「なら、オレも行く」
「え? じゃあ、オレも行くよ」
高矢も言う。創は、「もちろんいいよ」と言い、笑った。才は、首を傾げると、
「スギちゃん。何笑ってるのさ」
「いや。何かおかしくてさ。つい笑っちゃったんだ。ああ、でも、嬉しいな。放課後が楽しみになった」
昼休みの終わりが近くなったので、才と創は教室に向かった。創は歩きながらも、「嬉しいんだけど、オレ」と、何度も言っていた。
教室に着いてからも、創は笑顔のままだった。
放課後、四人で話をしながら創の家に向かった。創が言っていた通り、商店街の中ほどだったが、特に何かの商売をしているのではなく、普通の一軒家だった。
「どうぞ」
玄関のドアを開けると、創は中へ入り、三人に声を掛けてきた。順番に入っていき、リビングに通された。ローテーブルとソファー。テレビ。そして、ステレオ。そのそばに、所狭しとCDが置かれている。
「ちょっと散らかってるけど、気にしないで」
創はそう言って笑うと、ステレオの電源を入れプレイボタンを押した。音楽が流れ始め、才は目を見開いた。それは、今まで聞いたこともないような、ものすごくノリのいい曲だった。圧倒されてしまい、口をきけずにいた。
しばらく一緒に聞いていた創が、「あ」と言って立ち上がると、「そうだ。何か、飲み物持ってくるよ」と言って、部屋から出て行った。
三原は、曲に合わせて一緒に歌っている。高矢も、自然に体が揺れている。本当に好きなんだな、と才は感心していた。
「お待たせ。どうぞ」
創が持ってきたのは、白濁した甘酸っぱい飲み物だった。創がそれぞれに配ると、氷がカラカラと涼し気な音を立てる。才は、一口それを飲んでから口の端を上げて創を見ると、
「オレ、言ったっけ? これ、好きなんだよね」
「え? そうなんだ。知らなかったよ。これはさ、たまたまどこかから送られて来たからあったんだけど。そうなんだー」
「ありがとう。おいしいよ」
笑顔でそう言うと、創は、へへーっと笑い、
「やった。サイちゃんにお礼言われちゃった」
「当然だろ。良くしてもらったら、お礼を言うんですよってばあやに……えっと……」
「ばあや? すごいな、サイちゃん。本当にお坊ちゃまなんだ」
「否定はしない。でもさ、オレがすごいんじゃなくて、親がすごいだけだから。オレには関係ない」
そう言いながら才は、最後に父にあったのはいつだったろうと考えたが、思い出せなかった。父は、父なりの理由があって、仕事にムキになって取り組んでいる。才も、それはわかっている。が、胸の奥の方に、何かすっきりしないものがあるのも事実だ。才は、溜息を吐くと、
「オレ、そのうち、親の顔を忘れるかも」
つい、言わなくていいことまで言ってしまったが、ちょうど音楽が盛り上がっており、しかも音量が高かった為か、その発言についてどういう意味か問われることはなく、才は安堵の息を吐いた。