表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君のいない場所  作者: ヤン
第三章
41/41

第十一話 またね

 (さい)から離れると三原(みはら)は、


「サイ。もっと、何か弾いてくれよ」

「何かって……何? 何弾いたらいい?」


 才が訊くと、三原は才をじっと見て、


「だから、()()って言ってるだろ。何でもいいよ。ただ、聞きたいだけだから」

「じゃあ、あの発表会で弾いた曲にしようか。弾けるかな。随分弾いてないから」


 才がためらうと三原は、


「おまえなら大丈夫だろ」

「え? 意味がわからないけど」

「いいから、弾いてくれって」

「わかった。弾くよ」


 その曲が何とか弾き終わっても、終わる度にもっと弾くように言われる。ふと壁の時計を見ると、弾き始めてから一時間も経っていた。才はびっくりして思わず手を止め、勢いよく立ち上がり、


「ミハラくん。ごめん。もう九時だ」

「もうそんな時間か。長々と、邪魔したな」

「邪魔じゃないけど。家の人が心配するだろう」

「ま、そうかもな」


 そう言って笑う三原を見て、才は鼓動が速くなる。そんな自分を笑いそうになった。


「玄関まで送るよ」

「ああ」


 才は部屋の分厚いドアを開けると、三原を先に出した。三原が廊下に出ると才も部屋を出て、ドアをしっかりと閉めた。


「ミハラくん。今日は、楽しかったよ。いろいろ、ありがとう」

「ありがとう? 何言ってるんだ、サイ。オレ、そんなお礼を言われること、してねえぞ」


 才は、三原に向かって微笑み、


「オレに、ピアノを返してくれた。オレを許してくれた。それから……」


 三原が才を見ながら首を傾げ、


「それから?」

「言えない」

「何だよ、それ」


 笑う三原を置いて、才は早足で歩き始めた。


「おい。サイ。何だよ、急に」


 才の背中に声を掛ける三原に、才は返事をせずに玄関へ歩いて行った。


「サイ」


 ようやく振り向いて、才は言った。


「ミハラくん。オレを好きでいてくれて、ありがとう。そう言いたかったんだ」


 三原は口許に笑みを浮かべると、才に一歩近付き髪を撫でて来た。心地よさに、目を閉じる。


「サイ。それはさ、お礼を言われることじゃない。オレは……」


 そこまで言った三原が、急に口を閉ざした。ばあやがこちらに来るのが見えたからだろうと思われた。


 ばあやは、ゆっくりと才たちの方へ来ると深々とお辞儀をして、


「三原さん。坊ちゃまに、またピアノを弾かせてくださって、ありがとうございます。何があったかは存じませんが、急に坊ちゃまがピアノを弾かなくなってしまい、しかも、お教室もやめてしまわれて、(わたくし)は何があったのかと、オロオロするばかりでございました。ピアノは、奥様から坊ちゃまが受け継いだものです。やめてほしくないと思うのは、私のエゴでしょうが……。すみません。話が長くなってしまいました」


「ばあやさん。オレは、サイにとって、ピアノは命だろうと思ってるんです。だから、サイにピアノを弾いてほしいって伝えました。取り戻したのは、サイ自身です。オレは、何もしてませんよ」


 三原の言葉に、ばあやは首を振り、


「それでも坊ちゃまは、三原さんのおかげでピアノを弾こうと思ったはずです。感謝しております」

「じゃあ、感謝されておきます」


 ちょっとふざけたような口調で、三原が言った。ばあやは、ふふ、と笑って、


「三原さん。どうぞまた、おいでください。お待ちしております」

「いいんですか?」

「もちろんです。ぜひ、また」


 三原は頷くと、才に視線を戻した。才も三原を見つめる。


「ミハラくん。それじゃ、気を付けて帰ってね。さよなら」


 才の言葉に、ばあやが「坊ちゃま」と、やや強い口調で言う。驚いて、才は思わずばあやを見た。ばあやは首を振り、


「坊ちゃま。『さよなら』とは、どういうことですか? また来て頂くのに、もう会えないようなことをおっしゃって。いいですか、坊ちゃま。『またね』ですよ。言ってみてください」

「ミハラくん。またね」


 才が素直に言い直したのを聞くと、三原はいかにも楽しそうに笑い出した。才は顔をしかめて、


「ミハラくん。オレ、真面目に言ったのに」


 抗議の言葉も空しく、三原は笑い続ける。しばらく才は顔をしかめていたが、そんな自分がおかしくなって、三原につられるように笑い出してしまった。ばあやも、ふふ、と笑っている。


 三人の笑いが止まった時、三原がばあやに向かって真剣な顔つきになって言った。


「ばあやさん。オレは、サイが好きです」


 才が心の中で慌てていると、ばあやは頷き、「存じております」と普通に受け止めて言った。才は、三原とばあやを交互に見ることしか出来なかった。


「ばあやさん。オレの好きは……」

「存じておりますよ。三原さんは、坊ちゃまに恋していらっしゃるのでしょう? 坊ちゃまを見ていれば、わかります。私は、坊ちゃまがお小さい頃から、ずっとそばにおりますので」


 恋してる、とさらっと言うばあやに才は驚きを隠せず、思わず、「え?」と小さく言ってしまった。


「そうですか。わかって下さってるんですね。そうです。オレは才が大好きで、恋をしてるんです。サイもオレを好きで、今日、両想いになったんです」

「ええ、ええ。そうでしょうとも。わかりますとも」


 三原はばあやに微笑むと、才に視線を戻し、ぎゅっと抱き締めて来た。


「ちょっと、ミハラくん。ばあやの前なんだけど……」

「知ってるぜ。ま、いいじゃん」

「ミハラくん」


 三原は才の髪を撫でながら、「もう、離さないからな」と耳元で言った。才は、三原の背に手を回すと目を閉じて、


「離さないでね」


 三原にだけ聞こえるように、そっと囁いたのだった。


(完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ