第九話 離さない
部屋の中は静まり返り、壁の時計の秒針の音だけが響いていた。ふと目をやると、もう八時になろうとしていた。
本当の気持ちを言う、と言ってから、何分くらい経っただろう。才をじっと見ている三原の目が、時々泳ぐ。
才は、三原に視線を合わせると、
「ミハラくん。オレ、君と出会ったその日から、君のこと意識してた。だってさ、可愛いとか言うから。そんなことオレに言うの、ばあやだけだったから」
三原は、何か言おうとして口を開けたが、そのまま閉じてしまった。
「ミハラくん。オレは、君に優しくされる度に、どんどん好きになっていったよ。前にもそう言ったっけ。君のあの行動がどういう意味だったのか、教えてほしいんだ」
黙っている三原が話し出しやすくなるように促してみる。三原は才から目をそらしたが、すぐに視線を戻した。その表情は、相変わらず真剣そのものだった。
「オレは今、冷静なつもりだよ。あの、病院での時とは違う。ミハラくんの言葉を、ちゃんと受け止めるから」
才が微笑みながら言うと、三原はようやく口を開き、
「サイ。オレはおまえのこと、出会った時から気に入ってたよ。スギの友人だから、とかじゃなくて。ごめん。何か、うまく説明出来ないな。とにかくさ、そうなんだよ」
三原は、はーっと息を吐き出してから、続けた。
「おまえがスギと一緒に昼休みにオレ達の教室に来るの、すごく楽しみだった。おまえに会えるってだけで、ワクワクしてくるっていうか。ピアノの発表会も、プラネタリウムも、全部。オレは、おまえに触れた時、本当にドキドキしてて。自分でも変だってわかったけど、どうしようもなかった。わかるよな」
「えっと……わからないけど」
才の答えに三原は、「え?」と言った後、
「わかれよ。わかんねーか。だから、おまえが気になってしょうがなかったってことだよ。おまえを好きになってたんだ。オレは、同性を好きになったことなんてなかった。だからオレ、おかしいって思った。だけど、それが事実なんだよ。否定しても仕方ない」
「だけど、ミハラくん。それなら、何でサエ子さんと……」
三原は溜息を吐いて、
「だから、だろ? わかってくれよ。オレは、おまえを好きだ。でも、オレはそうしちゃいけないって。おまえを好きになったらダメだって。そう思ったんだよ。男同士で付き合うとか、オレにはわかんなくて。だから、逃げたんだよ。サエ子と付き合えば、おまえをそういう目で見なくなるんじゃないかって、そんな期待をして」
才は、口を出したくなるのを必死でこらえていた。三原は、握っている才の手に、少し力を込めた。才はその手に目をやったが、すぐに三原に目を戻した。
「だけど、ダメだった。しかも、サエ子はオレの気持ちを知ってた。知ってて言い寄ってきたんだ。別れる時、言われたよ。『そんなに、津久見くんがいいの?』って。知ってたことに驚いたけど、オレ、言った。『ああ。そうだよ』って」
「サエ子さんより、オレの方がいい?」
訊き返す才に、三原は深く頷いた。
「そうだよ。おまえがいいんだよ。サイ。ちゃんと聞いてくれ。オレは、おまえが好きだ。ただの好きじゃない。大好きだ」
才は、目を見開いた。温かいものが、頬を伝って落ちていく。少ししてから、それが涙だと才は気が付いた。慌てて手の甲でそれを拭うと、
「オレ……ミハラくんを、裏切ったよ? それなのに、まだそんなこと言ってくれるのかい? ひどいことしたのに……」
「ひどいこと、してないから。もうそんなこと、どうだっていいから。オレは、おまえを好きだ。おまえは、どうなんだ? オレは今、フリーだ。オレは、おまえと付き合いたい。恋人としてだぞ、当然。おまえは、どうしたいんだ?」
才は、何も言えずにテーブルに顔を伏せた。涙が止まらない。
「おまえが断ったとしても、オレは諦めないけどな。もう、自分の気持ちから逃げない。そう決めたから」
才の頭を撫でてくれる優しい手。才は、泣き声のまま、
「好きだよ。大好きだよ。ずっと、ずっと、好きで。サエ子さんが大嫌いで。オレは、君が誰か別の人と付き合うなんて、見たくないし、認めたくない」
才はゆっくりと体を起こすと、
「ミハラくんを、他の誰にも渡したくない」
「それって、どういうこと?」
三原が、片頬を上げて微笑みながら訊く。才は、「わかれよ」と、さっき三原が言った言葉を口にすると、
「ミハラくんが大好きだから。誰にも渡したくないから。だから、オレと付き合ってほしい。恋人として」
「よし。よく言った」
嬉しそうな顔の三原が、才の頬を撫でる。そうされて、才は思わず目を閉じる。懐かしいその感触に、才も笑顔になった。
三原は席を立ち、才のそばに立つと、
「もう、絶対離さないからな」
力強く宣言すると才を抱き締め、頬に唇を寄せた。




