第六話 約束
店から出ると、高矢と創と恭一が、才を見て来た。才は、三人を順番に見た後、
「え? 何?」
「何って。あのさ、サイちゃん」
高矢がそこまで言うと、一旦口を閉ざしたが、
「サイちゃん。ミハラに殴られなかった?」
高矢の言葉に、才はプッと吹き出して笑ってしまった。高矢は肩をすくめ、
「いや。笑いごとじゃないだろ。実際に一回殴られてるわけだし」
「ごめん、タカヤ。でも、おかしくて」
「サイちゃん」
高矢の真剣な顔に、才も表情を改め、もう一度、「ごめん」と言った。
「あの人、そんなことしないよ。少なくとも、オレには」
「まあ、それはそうだ。あれは、事故みたいなものだったからな」
「そう。殴る気があるなら、とっくにやってただろ。オレ、そう思う」
「だな」
高矢は、再び黙って、才から視線を外した。創は、高矢を見た後、才を見て、
「じゃ、何か楽しい話をしてた?」
「楽しい、話?」
「そう」
創に悪いと思いつつ、才は笑ってしまった。それに対して、創は膨れて見せて、
「真面目に言ってるのに」
「真面目に、楽しい話?」
こらえようとしても、無理だった。
「スギちゃん、面白いな。ありがとう、笑わせてくれて」
「サイちゃん。オレ、さっきも言ったけど、真面目に話してるんだ。だって、サイちゃんが心配だから」
急にシュンとして、創が言った。それを聞いて、才は笑いが止まった。
「サイちゃん。オレたちは、ずっと二人のことを見て来たんだよ。だから、心配するのは当然だろ」
「まあ、そうかな」
「そうなんだよ。な、タカヤ」
「ああ。そうだよ」
高矢がそう言うと、創は勢いづいて、「ほーら」と言った。才は息を吐き出すと、「ごめん」と小さく言った。
「二人の言うことが、本当に面白かったから笑ったんだけど、不謹慎でした。反省します」
才は、頭を少し下げて、気持ちを表した。
「いや。サイちゃん。反省とかそんなことを求めたんじゃなくて。えっと……」
「いいさ。反省しなきゃいけない時もあるんだよ。じゃ、帰ろう」
言うなり、さっさと歩き出した。振り向くと三人はその場に立ち尽くしていたが、急に気を取り戻したかのように動き始め、才のそばまで走ってきた。一番に到着した恭一が、そっと言う。
「サイちゃん。しつこいようだけど、本当にあの時みたいなこと、なかったんだよね?」
殴られそうになった張本人の恭一は、不安そうに顔を歪めていた。才は恭一の肩を軽く叩くと、
「本当に何もなかったよ。ちょっと、話してただけ」
「そう。それなら、いいんだけど」
「心配性だな、みんな」
そう言いながら、心配されることに喜びを感じている才だった。
三人と別れてから、才は楽器屋での三原との会話を思い返していた。
一人その場に残った才に三原が、「何だ?」と昔のような口調で言った。それに対して才は微笑み、
「仕事、何時に終わるの?」
「仕事の終わる時間?」
三原は、戸惑いの表情で才を見て来た。才は深く頷き、
「そう。何時? えっと……話したいことがあって。ここでは話せないよ。出来たら、うちに来てほしいんだけど」
「あのお屋敷に来いって言うのか? どうして?」
「だから……話があるから。嫌ならいいんだ」
あまり訊き返されて才は、これはダメと言うことだろうと判断した。背中を向けて店を出ようとした時、
「おい。待てよ」
引き止められて、才はほっとした。これで声もかけてもらえなかったら、絶望的だった。才は、ゆっくりと振り向き、
「何? ミハラくん」
三原は、一瞬ためらいを見せたが、
「行くよ。仕事は、夕方の五時までだ」
「五時。わかった。夕食、準備しておくね」
「夕食……いいのか?」
「いいよ。うちの人達、お客様大好きだから。ミハラくんが来てくれたら、きっとみんな喜ぶよ」
微笑む才を、三原がじっと見る。才は手を振って、
「じゃあ、待ってるよ」
「終わったら、すぐに行くよ」
「わかった」
(ミハラくん。本当に来てくれるよね?)
期待と不安がない交ぜになっていた。




