第三話 怒り
ライヴハウスを出ると、佐藤大樹が立っていた。
「お疲れ」
大樹が言うと、才は大樹から視線を外し、
「ああ。本当に疲れたよ」
笑いもせず、真顔のままで言ってしまった。その言葉の通り、才は本当に疲れていることに気が付いた。
「サイ。何かあったのか?」
才を覗き込むようにして、大樹が言った。才は、やはり繕うこともせず、
「あったよ」
「そうか。それ、訊いてほしいか? それとも、訊かれたくないか?」
冷静に訊かれて、返事が出来なくなった。一体自分はどうしたいのだろう、と考えてみたが、わからなかった。仕方なく、
「ごめん、大樹。わからない」
才がそう答えると、隣に立っていた恭一が口を尖らせた。
「いいですね、大樹さんは。サイちゃん、僕には、訊かれたくないって言いましたよ。サイちゃんは大樹さんを信頼してるんですよね、きっと」
「ん? そんなこと、ないんじゃないかな」
大樹が首を傾げながら言うと、恭一は、
「そんなこと、ありますよ。僕じゃダメなんです。僕、まだ中学生だし、サイちゃんの助けにはなれないんです」
真剣に訴える恭一を見て才は口を半開きにしてしまったが、少しして我に返ると、恭一の頭を撫でた。恭一は、眉根を寄せて才を見ると、
「僕は中学生だけど、子供扱いが過ぎるよ、サイちゃん」
「えっと……そんなつもりじゃなかったんだけど。今は、何をしてもキョウちゃんを怒らせそうだね」
「だって……サイちゃんに信頼されてないのは、哀しいよ?」
「だからさ。どうしてオレが、キョウちゃんを信頼してないってことになってるのさ?」
恭一が黙った。唇を少し噛んで、上目遣いに才を見る。
「オレはさ、キョウちゃん。君のことが大好きだし、大事だし。だからさ、オレの混乱に巻き込みたくないだけなんだ。大樹は、オレのそんなこと適当に流してくれそうだけど、キョウちゃんは一緒に哀しんでくれそうで。それが、今は辛いっていうか……。だから、キョウちゃんには説明しにくいんだ。でも、信頼してないわけじゃない。んー……説明すればするほど、君を混乱させるみたいだね。ごめん、キョウちゃん」
「いいよ、別に。じゃあ、僕もう帰るから」
「え? 食事するんじゃなかったの?」
背中を向けた恭一が、振り向いた。表情が険しい。
「食事、しないよ。こんな時に食べられません。じゃあね」
それきり、いくら呼んでも返事せず、どんどん遠ざかって行った。才は、つい大きな溜息を吐いてしまった。
「サイちゃん。キョウちゃんは、何を怒って帰っちゃったのかな。サイちゃん、何言っちゃったのさ」
心配そうな創に、才は首を振り、
「いや。オレは別に何も言ってないと思うんだけど。虫の居所が悪かったのかな」
「まあ、そんな日もあるかもね。キョウちゃん、受験生だしね」
「そうだな。受験生だよな」
自分はその時期何を考えていただろう、と考えてみたが、何も思い出せなかった。受ける学校にも、全くこだわりはなかった。教師の勧めるまま、だった。
「キョウちゃんは、偉いな。自分がどうしたいか、ちゃんと考えてるんだから。オレは、ダメだ」
才はそう言って、自虐的に笑った。
「あー。もう、やんなるな。何かおいしい物でも食べに行こう」
「最近出来た、おいしいレストランがあるらしいけど、行ってみるか?」
高矢の提案に、才は「よし」と言い、
「じゃあ、そこに行ってみよう。大樹。大樹も一緒に来るんだよ」
「は? オレ、バンドのメンバーじゃないけど、いいのか?」
「いいよ。今さら、何言ってるんだよ。いいから、来て」
酔っ払いがからんでいるみたいになっている才に、誰も逆らおうとはしなかった。
才は、そのおいしいレストランで食事したものの、頭の中が考え事でいっぱいになっており、味も何もわからなかった。




