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君のいない場所  作者: ヤン
第二章
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第十三話 初ライヴ

 練習を終え、(さい)は自宅までの道を、ゆっくりと歩いていた。鉛を飲み込んだみたいに重苦しい、と言う表現があるが、才は今そんな気分だった。


 三原(みはら)をバンドから辞めさせて、あの少年・矢田部(やたべ)恭一(きょういち)を新しいヴォーカルに収める。そうして、自分のやりたい、メロディアスな曲をやっていく。


 三原がいては絶対に出来ない。自分の思いを叶える為には、こうするしかなかった。わかっているが、才の心は一歩進むごとに暗く沈んでいくようだった。


(ああ。肩が痛い)


 左肩に下げたベースが、今日はとてつもなく重く感じられた。


 玄関前まで来ると、ばあやが笑顔で、


「坊ちゃま。お帰りなさいませ」


 いつもと変わらない、優しい表情。ばあやを見ると温かい気持ちになれるのに、今はただ切なさを増長させるだけだった。


「ただいま、ばあや」


 それだけ言うと、早足で自分の部屋まで行った。楽器を立てかけると、着替えもしないで、いきなりベッドへ身を落とした。掛け布団を頭まで引き上げると、きつく目を瞑った。


(オレは、間違ってない)


 心の中で、何度も何度も言っていた。



 恭一に代わってからの初めてのライヴの日になった。恭一は、ひどく緊張しているようだったが、ステージに出て言葉を発した後は、なかなか堂々としたものだった。


(やるな、キョウちゃん)


 ベースを弾きながら、こっそりと笑む才だった。が、恭一の背中を見ている内に急に、そうか、と思った。


(ここは、もう、君のいない場所になっちゃったんだね)


 ライヴ中、いつだって、斜め前を見れば、長身で広い背中のあの人がいた。お客をあおって、楽しそうに歌っている、あの横顔。それは、もう二度と見られないのだ。それを唐突に実感した。


(ミハラくん……)


 追い出したのは、才自身。そして、そのことに後悔はない。ただ、割り切れない思いが、やはりどこかに残っているのだ。




「オレさ、歌うのがメチャクチャ楽しいんだ。今までは、聞くことしか出来なかったのに、今、オレが歌ってるじゃん。すっげー、気持ちい。お客も、のりまくってるし。なあ、サイ。オレは天才か?」


 そう言って三原は、悪戯っぽく笑った。才も、ふっと笑って、


「はいはい。ミハラくんは、天才だよ」

「サイ。おまえ、適当に言ってるだろ。オレ、才能ある気がするんだけどな」

「だから、天才だよって言ったじゃないか」




 そんなバカみたいなやりとりをしたのは、どれくらい前だっただろう。思い出せない。ただ、それはもう遠い日のことで、戻ってきたりはしないのだ、と才は思う。


 曲が終わり、ステージ袖に歩いて行く恭一たちの背中を見ながら、才は自虐的に笑った。

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