第十三話 初ライヴ
練習を終え、才は自宅までの道を、ゆっくりと歩いていた。鉛を飲み込んだみたいに重苦しい、と言う表現があるが、才は今そんな気分だった。
三原をバンドから辞めさせて、あの少年・矢田部恭一を新しいヴォーカルに収める。そうして、自分のやりたい、メロディアスな曲をやっていく。
三原がいては絶対に出来ない。自分の思いを叶える為には、こうするしかなかった。わかっているが、才の心は一歩進むごとに暗く沈んでいくようだった。
(ああ。肩が痛い)
左肩に下げたベースが、今日はとてつもなく重く感じられた。
玄関前まで来ると、ばあやが笑顔で、
「坊ちゃま。お帰りなさいませ」
いつもと変わらない、優しい表情。ばあやを見ると温かい気持ちになれるのに、今はただ切なさを増長させるだけだった。
「ただいま、ばあや」
それだけ言うと、早足で自分の部屋まで行った。楽器を立てかけると、着替えもしないで、いきなりベッドへ身を落とした。掛け布団を頭まで引き上げると、きつく目を瞑った。
(オレは、間違ってない)
心の中で、何度も何度も言っていた。
恭一に代わってからの初めてのライヴの日になった。恭一は、ひどく緊張しているようだったが、ステージに出て言葉を発した後は、なかなか堂々としたものだった。
(やるな、キョウちゃん)
ベースを弾きながら、こっそりと笑む才だった。が、恭一の背中を見ている内に急に、そうか、と思った。
(ここは、もう、君のいない場所になっちゃったんだね)
ライヴ中、いつだって、斜め前を見れば、長身で広い背中のあの人がいた。お客をあおって、楽しそうに歌っている、あの横顔。それは、もう二度と見られないのだ。それを唐突に実感した。
(ミハラくん……)
追い出したのは、才自身。そして、そのことに後悔はない。ただ、割り切れない思いが、やはりどこかに残っているのだ。
「オレさ、歌うのがメチャクチャ楽しいんだ。今までは、聞くことしか出来なかったのに、今、オレが歌ってるじゃん。すっげー、気持ちい。お客も、のりまくってるし。なあ、サイ。オレは天才か?」
そう言って三原は、悪戯っぽく笑った。才も、ふっと笑って、
「はいはい。ミハラくんは、天才だよ」
「サイ。おまえ、適当に言ってるだろ。オレ、才能ある気がするんだけどな」
「だから、天才だよって言ったじゃないか」
そんなバカみたいなやりとりをしたのは、どれくらい前だっただろう。思い出せない。ただ、それはもう遠い日のことで、戻ってきたりはしないのだ、と才は思う。
曲が終わり、ステージ袖に歩いて行く恭一たちの背中を見ながら、才は自虐的に笑った。




