第十一話 新しい曲
才が落ち着いてから、三人並んで歩き出した。もう、人はまばらだ。
「さっき、答えるの忘れてた。次、誰って訊いたよね。もう、オレの中では決めてる。大樹も知ってる。ライヴの後、客席で出会ったんだけど、あの子がいいなって。いくつだろう。訊くの、忘れちゃった。名前は、矢田部恭一。雰囲気のある、ほっそりとした美形だよ。だけどさ、声。声が、すごくいいんだ。一度聞いたら、忘れられない感じ。ヴォーカルに向いてると思う」
興奮気味に語る才を、珍しい物でも見るような目つきで、創と高矢が見てくる。才は、息を整えてから、
「いや、会ったらオレの気持ちがわかると思う。今度、スタジオMに来てって言ってあるから。あの子は、オレがやろうとしていること、一切知らない。オレはあの子を利用して、ミハラくんを怒らせてやめてもらおうと思ってる。だから、あの子には少し遅い時間を伝えてる。オレが勝手にやるから、二人は見守っててよ」
失敗は絶対に出来ない。チャンスは二度とない。そんな気持ちでいた。
分かれ道まで来て、才は立ち止まった。二人を交互に見ると、
「ねえ。明日、オレの家に来てよ。オレがやりたい曲、聞かせるから。いいよね?」
語尾強めで言うと、二人は口々に、「いいよ」と言ってくれた。才は、ホッとして息を吐き出した。
「ありがとう」
才は片頬を上げて微笑むと、二人に手を振った。
翌日、学校が終わってから待ち合わせて、才の家に創と高矢を連れて行った。何度か来たことがあるはずなのに、来るその度に彼らは驚いたような顔になる。才は、つい笑ってしまった。
「いいかげん、慣れてよ」
才が言うと、創は、
「慣れないだろ。こんな立派な家。つい、オレの家と比べちゃうよな」
高矢も、腰に両手をあてがい、家の上から下まで見やると、
「何回見ても、凄い物は凄いんだよ、サイちゃん」
「えっと……ありがとう。でも、オレは別に凄くない。オレがこの家、建てたわけじゃないし」
玄関近くまで来ると、ばあやが出て来て、
「お帰りなさいませ、坊ちゃま」
「ただいま、ばあや」
才はばあやを見ると、いつでも幸せな気持ちになる。家族ではないが、長年一緒に暮らして世話をしてもらっている身としては、愛情を持たずにはいられない。
「ばあや。このままピアノ室に行くから、何も出さないでいいよ」
「では、せめてご用がお済みになってから、お茶を」
「わかった」
才は、二人をピアノ室へ連れて行くと、ドアを閉め、
「それじゃ、新しい曲、弾くから」
ピアノの蓋を開けると、才は音楽を奏で始めた。
曲が終わると、二人が才に拍手をくれた。才は二人に向かい、
「じゃ、今から合わせよう」
「待て、サイちゃん。ここには、ドラムセットがない」
「ごめん、タカヤ。ないけど、それらしくやってみてよ」
拒否されるかと思ったが、高矢は、「よし。やるぞ」と言って、受けてくれた。創を見ると、肩からギターを下ろし、
「はい。準備します」
敬語で言う。才は小さく笑うと、「ありがとう」と言った。
約束の日になった。才は、今から起こることを想像して憂鬱な気分になっていた。スタジオMまでの道のりがずいぶん遠く感じられた。
受付をする為店内に入ると高矢がすでに来ていて、才に気が付くと片手を軽く上げた。
「今日、よろしくね」
才が言うと、神妙な顔をした高矢が深く頷いた。そして、才の方をじっと見る。何も言わなかったが、才は高矢に励まされたような気持ちになった。
その時、創が入ってきて、
「お待たせ。って言うか、やっぱりミハラくんは来てないんだね」
創の言葉に、高矢が息を吐き出した後、
「ま。それは、いつものことだから」
「そうだね」
それきり、二人は黙った。才も、何も言わずに店内を見るともなしに見ていた。しばらくしてから三原が来て、「よー」と片手を上げた。才は、薄く微笑むと、
「じゃあ、行こうか」
店を一旦出て、店の脇にある階段を降り始めた。終わりの瞬間が近付いていた。




