第七話 苛立ち
病院の消灯時間は早い。夜九時には、すっかり真っ暗になっていた。
今時、小学生でもこんな時間には寝ないのではないだろうか、と才は思った。
暗い部屋で天井を見ながら、思わず溜息を吐いた。
(本当は、わかってるんだ)
心の中で呟いて、唇を噛んだ。涙が出そうになるのを、必死にこらえていた。
(どうして、こんなことになったんだろう)
胃潰瘍の原因は、間違いなく三原だ。三原だけではない。いつも側にいる、あの人もだ。
二人が寄り添っているのを見るだけで、才の心の中に何か黒い物が渦巻いてしまい、許せない、という気持ちになってしまうのだ。
そんな自分をばかばかしいと笑ってみても、どうにもその思いから逃れられない。
(わかってる。誰かに言われなくたって、答えは知ってるんだ)
簡単なことだ。才と三原のどちらかが、バンドを去ればいい。三原と距離を取ればいい。それだけのことだ。
その簡単なことが、才には出来なかった。三年もの間、やめることもやめさせることも決心出来なかった。が、そろそろ限界だ。
(やめるか、やめさせるか)
才は、掛け布団を頭まで被り、きつく目を閉じた。
翌日の午後、佐藤大樹が面会に来た。大樹は、部屋に置かれていた椅子を才のベッドの側に置くと、
「調子は、どう?」
訊かれて才は、素直に首を振った。点滴をされているとはいえ、そんなにすぐには良くならない。
「そうか。病名、何だって?」
「胃潰瘍です」
「そうか。胃潰瘍」
「治るまでに、二週間くらいかかるみたいです」
それで病気は治ったとしても、と、また同じことを考えてしまう。
大樹は、才を黙って見ていたが、
「そうだ。津久見くん。オレのこと、名前で呼んでくれよ」
「じゃあ、オレのことも、名前で呼んでください」
「敬語、やめろ。何か落ち着かないから」
才は、少し迷ってから、「わかったよ、大樹」と言った。 大樹は、ニッと笑ってから、
「そうそう。それだ」
嬉しそうに言う。才は、小さく息を吐き出すと、
「昨日は、ありがとう。本当に助かったよ。で、ライヴはどうだった?」
その答えを聞くのは、少し恐いような気がした。何と言われるのか、想像出来るからだ。
「ライヴか。もちろん、上手くやったよ。当然だ」
「まあ、そうだろうね。やっぱりそうか」
「なんだ。わかってたのか」
「わかるよ。だって、自分が参加してるバンドなんだから」
才には、結果がどうなるか、わかっていた。だから、才の代わりに誰がベースを弾こうと関係ない、と思っていた。
「あのバンドは、ミハラくんがいれば大丈夫なんだ。ファンの人たちは、ミハラくんのパフォーマンスを見に来てる。ただ、それだけなんだ」
才の言葉に、大樹は頷き、
「言ってること、わかるよ。そういうことなんだろうな。だけど、オレは何か解せない。何でサイは、ああいう曲を書くんだ? おまえがやりたいのは、もっと別の曲なんじゃないのか? それは、オレの勝手な思い込みか?」
才は、何と答えたらいいのか、わからなかった。いや。それは、正確ではない。わかっているが、口に出来ない。口にしたくない。
「困らせること、言ったみたいだな。ごめん。サイが、そのせいで病気になったんじゃないかって思ってさ、つい」
「いや。いいんだ。大樹は間違ってない……たぶん」
言い切ることの出来ない自分を、才は笑いたくなった。が、実際には長い息を吐き出しただけだった。
(いつになったら、この気持ちに答えを出せるんだろう)
ただ苛立ちだけが、才を包んでいた。




