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君のいない場所  作者: ヤン
第二章
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第六話 入院

 病院はすでに閉められていたが、夜間の出入り口から入って、症状を伝えた。診察室に呼ばれ、佐藤(さとう)大樹(だいき)に付き添ってもらいながら中へ入った。


「症状は、いつごろからですか」


 医者に訊かれて答える間も、痛みがあり、つい顔をしかめる。医者は、普段からそうなのか笑顔を浮かべながら、


「運が良かったですね。僕は、外科医だけど、内視鏡もやるんですよ。今日、やっちゃった方がいいと思うんで、ご家族に連絡してみてくれないかな」

「えっと……じゃあ、連絡してみます。つながるといいんですけど」


 父親は、いつも仕事で忙しい。今もきっと会社にいるだろう、と(さい)は考えていた。案の定仕事中だったが、電話を代わった医者が父に現状を説明をしてくれた。電話を切ると医者は、微笑みながら才を見て、


「今から、ここに来てくれるって。お父さんが来たら君の状態を改めて説明して、お父さんが納得してくれたら検査しようね」


 医者は、看護師の方に顔を向けると、「検査の準備、頼むね」と声を掛けた。待合室で待つように言われ、診察室を出た。十分ほど経った頃、父が夜間通用口から入ってきた。父は、顔をしかめて才を見たが、すぐに視線を外すと、受付に声を掛けた。受付の人から待つように言われたのか、ゆっくりと才の方へ歩いてくる。


「才」

「久し振りですね」


 変な会話をしていると思ったのか、隣に座る大樹が驚いたような顔で才と父を見てくる。才は、小さく溜息を吐いた。


「体調が悪いんだな」


 父の問いに才は頷き、


「良くはないです。だから、佐藤さんに助けられてここまで来ました」


 才は、大樹を見た。大樹は才に頷くと、父の方に向き礼をして、「佐藤大樹です」と名乗った。父は軽く頭を下げた後、


「お世話になりました。この後は、私がいますので」

「はい。では、これで失礼します」


 大樹は立ち上がると背を向けて歩き出したが、すぐに立ち止まり、振り向いた。


「あのさ、津久見(つくみ)くん。今晩、ライヴなんだろう。メンバーの誰かに連絡した方がいいんじゃないかな」


 言われて才は、ハッとして、


「あ、そうか。そうですよね。掛けてみます」


 呼び出し音一回ですぐに電話に出た高矢(たかや)は、いつもになく少し強い口調で、


「サイちゃん。今、どこで何してるの? サイちゃんが来ないから、順番、最後にしてもらったよ。で、今どこ?」

「ごめん。行けない。今から胃カメラ飲むんだ」

「え? じゃ、どうしたら……。オレたちじゃ、アレンジ出来ないぞ。今から誰かベース弾ける奴、探すか? 待て。どうやって探すんだ?」


 高矢が、混乱したような口調で言う。才は、「ごめん」と繰り返す。


 その時、大樹が才のスマホを「貸せ」と言って取り上げた。


「佐藤さん?」


 才の呼び掛けは無視して、大樹は電話の向こうの高矢に向かって、


「もしもし。初めまして。あ。初めてじゃないか。一度会ったよな。ほら。津久見くんのピアノの発表会の時にスタンディングオベーションやってた馬鹿者の一人だよ」


 高矢が、「あー」と言ったのが微かに聞こえた。


「実は、津久見くんが胃痛を起こして道で座り込んでたから、病院に付き添って来たんだけど、今からそっちに行ってやるよ。オレ、ベース、少し弾けるから」


 大樹は、高矢の返事も聞かずに、いきなり通話を切ると、


「で? 今日の会場は?」


 にやりと笑って訊いてきた。



 診察室に父が呼ばれ、改めて説明を一緒に受け、検査をすることに決まった。検査室に連れて行かれ、注射を打つ等検査前の準備がなされていく。父の表情が何となく不安そうに見えて、この人もこんな顔をするのか、と変に感心した。


 検査台に横になってから医者が来て、検査が始まった。胃カメラは初めてだったが、意外と大丈夫だった。


 検査中、医者がいろいろと説明してくれるが、打たれた注射でぼんやりしていた為、才はほとんどその内容がわからなかった。


 数分で検査は終わったが、才は注射のせいで眠気が強く、しばらく寝かされていた。しっかりと覚醒してから、先程の診察室で父とともに説明を受けた。


「津久見くん。これ、見て」


 検査中に撮った写真を見せながら、医者が言う。才は、医者が手にしている写真を見てみたが、見た所でそれがどんな状態なのかわからない。才は写真から目を離し、医者の顔をじっと見た。医者は、相変わらずにこにこしながら写真を指すと、


「ここね、(ただ)れてるんだけど、わかるかな。立派な胃潰瘍(いかいよう)だね。入院して、安静にするのがいいかな、とは思うんだけど。お父さん。どうでしょう?」


 父は医者の言葉に「はい」と言って頷くと、


「よろしくお願いします」


 そして、入院の手続きが始まった。父は、一泊で一体いくらするのかわからない個室を希望した。


 病室まで一応一緒に来た父は、しばらく黙って立っていたが、「じゃあ、会社に戻るから」と言って出て行った。思わず溜息が出た。


「入院すれば、そのうち胃潰瘍は治るかもしれないけど」


 その原因は、どうすれば取り除かれるのだろう、と才は憂鬱な気分に包まれていた。

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