第五話 不調
バンドを始めてから、三年の月日が流れた。相変わらず、才はバンドをやっていた。もちろん、ピアノも続けていた。
高校生になり、メンバーはそれぞれ違う学校に進学。学校の帰りに集まると、制服が違っていて面白い。
三原は、才の学ラン姿を見ると、ふっと笑った。
「おまえ、それよりブレザーの方が似合いそうだな」
「や。今さらな。中学だって、学ランだったろう」
「ま、そうだけどさ。何だろう」
そう言って笑う三原から目をそらして、
「笑いたければ、ずっと笑ってなよ」
才は、三原に構わず、楽器の準備を始めた。チューニングを終えて、演奏するのは才の作曲した曲だ。三人は褒めてくれる。が、才は近頃、こういう曲を書くことが辛くなっていた。
(オレが本当にやりたいのは……)
高矢のスティックが鳴って、曲が始まる。三原はいつでも楽しそうに歌っている。誰からも、こんな曲は嫌だ、とは言われない。ただ、才自身が疑問に思っている。
(オレは、これでいいのか?)
指が勝手に弦を弾いて音を出している感じだ。心の中は、全く空虚。いつからそんな風に思うようになったのだろう。
(違う。これじゃない)
誰にも言えない、才の本音だった。
サエ子と三原は、今も変わらず付き合っている。あの評判の悪かったサエ子が、三年もの間、相手を変えなかった。本当に好き合っているのかもしれない。が、才は思っている。これは自分に対する嫌がらせだ、と。
サエ子は、才が三原をどう思っているのかを知っているようだ。意味ありげな目つきで才を見て、その後三原に甘える仕草を見せる。三原は嬉しそうな顔をして、サエ子を抱き締める。それを、才の目の前でする。
才は、三年前の出来事をあれこれ頭の中で巡らせる。あの優しさは何だったのか。あれは、どういう気持ちだったのか。それを教えてほしい、と思う。が、口には出来ない。
そんな思いを抱えているせいなのか、近頃才は食欲が落ちていた。家ではなるべく食べようとするが、それも出来なくなってきている。ばあやが、才を心配そうな顔で見ては、
「坊ちゃま。どこかお悪いのではないですか? またこんなに残されて」
「何か、食欲なくって。ごめんね、ばあや」
「いいんです、残して頂いても。ばあやは、坊ちゃまの体調を心配しているだけです。何か、お悩み事でも?」
ばあやが本気で心配してくれているのはわかる。ばあやは才にとって、かけがえのない存在だ。が、そうやっていろいろ訊かれることが、今は少し負担だった。
「ばあや。ごめん。今は何も話したくない」
「坊ちゃま」
ばあやが呼びかけるのを無視して、自分の部屋へ戻った。ばあやにこんな態度をとったのは、もしかしたら初めてかもしれない、と才は思った。
(いくらばあやでも、言えないよ)
才は、自嘲気味に笑った。
それから、数週間が過ぎた。才の体調は、治るどころか悪化していた。時々、胃に強い痛みが出るようになっていた。そろそろ本当に病院に行かなきゃな、と考え始めていた。
その日も、胃の痛みはあったものの、ライヴに行かなければならない為、無理矢理家を後にした。商店街を歩いている時、急に強い痛みが走り、思わずその場に座り込み、胃を撫でさすっていた。嫌な汗が出て来て、少しも動けそうになかった。
その時、どこかで聞いたことのある声が、「あれ? 津久見くん?」と言う。顔をしかめたままで、声のした方を見ると、懐かしい人が立っていた。
「えっと……佐藤大樹さん?」
中学一年の時の発表会で、才に立ち上がって拍手をくれた一人だ。もう一人は、三原。
「そうそう。佐藤大樹。よく覚えてくれてたな。何か、具合悪そうだけど」
「胃が……」
「顔色、悪いぞ。病院。病院行こうぜ」
「や。でも、ライヴが……」
「津久見くん。自分の命とライヴと、どっちが大事なんだ?」
そんなこと今まで考えたこともなかった才は、佐藤の言葉に何も言えずにいた。佐藤は、才からベースを取り上げ自分の肩にかけると、
「ほら。行くぞ」
そう言ったかと思うと、才に背中を向けその場に屈んだ。
「早く、おぶされ」
「でも……」
「いいから。早くしろ」
才は、息を吐き出すと、佐藤の背中に身を任せた。




