第二話 ミハラくん
翌日、学校の門を入り校舎に向かって歩いていると、前方に杉山創を発見した。創は、長身の男子生徒と何か話しており、時々笑っていた。
才は、無言で創たちの横を通り過ぎようとしたが、才に気が付いた創が、
「おはよう」
元気いっぱいの声で、挨拶してきた。才は、渋面を作りながらも、何とか、「おはよう」と挨拶し返した。創は、そんな才の態度は問題にせず、隣を歩く男子生徒に、
「ミハラくん。この人、オレの同級生で、えっと……」
創が才の方をじっと見たまま、口を閉ざした。許可なく紹介してはいけないと思ってくれたのだろうと思い、才の創に対する評価が少し上がった。
才は立ち止まり、創の連れに頭を下げると、
「津久見才です。よろしくお願いします」
言われて創の連れは驚いたように目を見開いたが、すぐに笑い出した。そして、創の方を向いて、
「スギ。オレさ、こんなにちゃんと挨拶されたの、初めてかも」
「それは、ミハラくんがおっかない雰囲気だから、関わっちゃいけないと思われてるのかもよ」
「じゃあ、スギは何なんだよ」
「オレ? オレは別に、ミハラくん、怖くないもん」
二人が楽しそうなので、才は一礼してその場を去ろうとしたが、創の連れに肩をつかまれた。才は、振り返ると、
「肩つかむのはやめてください。オレ、ピアノ弾くんで」
冷たく言い放った。怒らせるかもしれない、と覚悟の上だった。才にとって、ピアノはそれだけ大事なものだった。
が、創の連れはすぐに才の肩から手を離すと、
「悪い。怪我させるつもりなんか全然なかった。これからは気を付けるよ」
びっくりする程、普通に謝ってくれた。才は、口をポカンと開けたまま、その人を見てしまっていた。その人は、
「どうした?」
心配そうに、顔を歪めた。才は、この人はもしかしたら結構いい人かもしれない、と直感した。才は首を振ると、
「あ、いえ。何でもないです」
「そうか。なら、いいんだけどさ。あ、オレ、名乗ってなかったな。三原正司。二年生だ」
才が黙って頷くと、三原は、
「ミハラくん、と呼んでくれ。先輩とか言うなよ。気持ち悪いから」
才は一瞬ためらったが、
「わかりました。ミハラくん、ですね」
「そうだ。それでいい。じゃ、ほら、行こうぜ。遅刻しちまう」
「遅刻、やだ。行こう、行こう」
創が三原の腕をつかんでから、才を振り返り、
「津久見。行くよ」
「ああ」
「急ごう」
三原と創が走り出したので、やむを得ず才も走り出した。昇降口まで来てようやく二人が止まった。創が、にやりとしてから、
「津久見、ダメじゃん。すごい遅れ方」
「いいんだよ。オレは、ピアノが弾ければ、それだけで満足だから」
才の言葉に三原が反応し、
「ピアノ、弾けるなんて、すげーよな」
どうしてこの人たちは、ピアノが弾けることをすげーと言うのだろう、と才は思ったが、口にはしなかった。
「あの、ピアノより、早く教室に行かないと」
「おお。そうだな。じゃ、またな」
三原は、一人違う方向へ走って行った。創と才も頷き合って、階段を駆け上った。予鈴と同時に教室へ飛び込んだ。創が才の方を見て、笑った。
「何だよ?」
「だって、津久見、すかしてるのに、さっきから走ってばっかり。お坊ちゃまっぽくないから」
「余計なお世話だ」
才が溜息を吐くと、創が才の肩にそっと手をのせた。一応気を遣っているらしい、と判断し、それに関しては何も言わないことにした。
「津久見。オレのこと、スギちゃんって呼んでよ。友達はみんな、そう呼ぶんだよ」
才はすかさず、
「オレたち、友達だっけ?」
「友達だろ?」
口をとがらせる。才は、つい、吹き出してしまった。創が、「何だよ」とすねたように言うのを聞き、
「ごめん。オレが悪かったよ、スギちゃん」
そう呼んでやると、創は満面の笑みを浮かべてから、才をゆるく抱き締めてきた。才の、「やめろよ」という抗議は聞こえなかったようだ。
「オレは、津久見を、サイちゃんって呼ぶから」
宣言される。やはり、意味がわからない、と思いつつも、「わかったよ」と受け入れてしまった。