第三話 哀しみ
その日の放課後、カバンを肩に掛けた創が才の方へ振り向き、
「じゃあ、隣のクラスに行ってくる。じゃ、また明日」
嬉々として手を振ると、創は走るようにして教室を出て行った。才は小さく笑ってから、「さ、帰るか」と呟いた。
昇降口で靴に履き替えていると、後ろから、「よー」と声を掛けられた。それだけで、体がビクッとなった。ゆっくりと振り向き、声の主を確認する。顔を見るまでもなく、間違えようがない人。
「ミハラくん」
「サイ。一人なのか? スギはどうした?」
「ちょっと……。それより、ミハラくん。一人なの? 山田さんは?」
その名前を口にした時、思わず言葉が揺れた。三原を見つめていた、あの姿。いきなり告白し、断られると少しも思っていない自信に満ちた表情。眼裏にそれらが浮かび、才をいらつかせた。
「ああ。サエ子か。風邪引いて、休み」
「そうなんだ。えっと、タカヤは?」
「急いでるからって言って、一人でさっさと帰った。友達がいのない奴だな、あいつ」
「へー。そうなんだ」
三原が、靴に履き替えて、「帰ろうぜ」と声を掛けてきた。才は頷き、三原の横に並んで歩き出した。こうして二人きりで歩くのはどれくらいぶりだろう、と、ぼんやり考えていた。
三原は、以前と変わらずいろいろと話してくれ、まるで山田サエ子のことは悪い夢だったのではないかとさえ思った。が、それが現実であることはわかっている。才は、つい溜息を吐いた。
「ん? どうした、サイ」
心配そうな表情で、才を見つめる三原。才は、気遣わし気に自分を見る人に、
「別に。それより、ミハラくん。今日、オレ、隣のクラスの女子から告白された」
笑わずに言った。三原は、眉をひそめたが、「そうか」とだけ言った。
「それでさ、オレ、その子と付き合おうかどうしようか、考えてるところなんだ。どうしたらいいかな」
才の質問に、三原が黙る。才は、ますます意地悪な気持ちになった。
「その子ね、なかなか可愛いんだよ。それに、潔いところがあって、かっこいいんだ」
何も言わない三原。
「ミハラくん。オレ、どうしたらいいと思う? 何か言ってよ」
「何でオレに、どうしたらいいかなんて訊くんだよ。おまえがどうしたいか、じゃねえのか?」
「ミハラくんなら彼女がいるし、いいアドバイスをくれるかと思ったんだ。ミハラくん。まさか、怒ってないよね? 何か、そんな感じなんだけど、オレの勘違いだよね?」
付き合うのなんかやめろ。そう言われたい。が、言われた所で、何も救いはない。
「怒ってねえだろ。おまえが決めることだって言ってるだけだ」
才の心は、いきなり落ち込んでいった。才は、唇を少し噛むと俯いて、
「そうだね。ミハラくんに相談したって、仕方ないよね。オレが馬鹿だった。ごめんね、ミハラくん」
「いや。馬鹿なんてことないさ」
それからしばらく、お互い何も話さなかった。分かれ道に来て、才は三原を少し見上げると、
「ミハラくん。オレ、最近さ、曲書いてるんだ。うちのバンドでやれないかなって思ってさ」
才の言葉に、三原は笑顔になり、
「おお。それ、すげーな。サイ。おまえ、作曲までするのかよ」
「最近になって始めたんだ。曲になってるか、わからないけど。今度、やってみようよ」
「ああ、いいぜ。やろう」
「わかった。ありがとう。じゃあ、また明日」
「じゃあな」
才は、三原に頷いて見せると、すぐに歩き出した。三原の視線を背中に感じてはいたが、振り返らなかった。何だかわからない涙が、込み上げて来て、困った。




