第十四話 デート
その夜、三原から電話が掛かってきた。急いでリビングに行き、受話器を手にすると、
「サイです。今日は、楽しかった」
「調子はどうだ?」
才は、首を振った。
「サイ?」
「いや。何ともないよ。もう、大丈夫」
「そうか。良かった」
三原は、安心したのか、息を大きく吐き出した。才は、また首を振った。
「ミハラくんは、優しいよね」
「そうか? 自分じゃ、わかんねえな」
「そうなんだ? でも、優しいよ」
その優しさが才を傷つけ、憂鬱にさせているのだとは、やはり言えなかった。
「それで、ミハラくん。何か用?」
「ま、用って程のことじゃないけどさ」
ためらうように、そこで黙った。才は、細く息を吐き出すと、
「じゃあ、これで切るよ。おやすみ」
「待てよ。本当はさ、用があるんだよ」
「何?」
言い出しにくいことなのだろうか、と才は首を傾げた。
「言うぞ。あのさ、サイ。今度、おまえの都合のいい日に、どこか一緒に出掛けようぜ」
「はい? えっと……どこへ?」
「言ったろ。どこか、だよ。おまえ、どこか行きたい所ないのか?」
才は少しの間考えてみたが、思いつかなかった。
「ごめん。特にない。オレ、あんまり世間のこと知らないから」
これまで、暇な時間があれば、全てピアノの為に使ってきた。それで満足していた。だから、友人とお出かけをするなど、考えたことがなかったのだ。
「ミハラくんは、どこか行きたい所あるの?」
「そうだな……」
んー、と言っているのが聞こえてくる。少ししてから、「そうだ」と明るい声が聞こえて、
「プラネタリウム、どうだ? オレ、行ったことなくってさ。でも、行ってみたかったんだ。すげーきれいだって、聞いたことがあるんだ。どうだよ?」
「プラネタリウム……。そうだね。オレも、行ったことないや。じゃあ、行こう」
「よし。いつがいい?」
「ミハラくん、ダメな日は?」
「別にない。いつでもいいぜ」
才は、自分の予定を思い出しながら、
「じゃあ、今週の土曜日でどうかな」
「よし、わかった。じゃあさ、始まる時間とか調べとく。また、電話するよ」
「うん。じゃあ、待ってる」
「おお。じゃ、おやすみ」
「おやすみ」
言い合って、電話を切った。また、鼓動が速くなっている。ドキドキとして、息苦しい。
(ただ、友人と遊びにいくだけじゃないか)
心の中で、自分を戒める。でも、と思う。今日のあの行動は、言葉は、どんな意味だったのだろう。
考えても仕方のない事に捉われて、才はあまり良く眠れなかった。
土曜の十一時、才と三原はプラネタリウムの中にいた。始まるのを待ってリラックスしている風の三原を、才は横目で見ていた。
(この人は、普通なんだな。オレは、こんなに落ち着かないのに)
夏のせいだからではなく、手に変な汗をかいていた。
ブザーが鳴って、電気が落とされ、星空が映し出される。夢のようにきれいだ、と才は感動していた。隣に目をやると、三原も夢中になって見ているようだった。才は小さく笑って、視線を上に戻した。
それから、何分経っただろう。「サイ」と、小さな声で呼ばれた。視線をそちらに向けると、「何?」と答えた。三原は、何も言わずに首を振った。
「ミハラくん。今日、ありがとう。すごくきれいで、オレ、嬉しい」
「そうか」
ミハラくんと見られて嬉しい、とは言えなかった。三原がどういうつもりで誘ってくれたにしても、才にとってはデートをしているような気持ちなのだ。
言葉にしてはいけない思いを胸に秘めつつ、才は三原に微笑んだ。三原が、はっとしたような顔になった。そして、「サイ」と呼ばれた後、三原の右手が才の方に伸びて来て、頬を撫でた。
「ミハラくん……」
三原は何も言わずに、手を引っ込めた。少しざらっとしたその感触が、まだ頬に残っている。




