第十三話 視線
才と三原が中に入っていくと、創と高矢が手を止めた。三原が、「よー」と言いながら片手を軽く上げると、
「遅かったね」
創が悪戯っぽく笑みながら言った。三原は、「それは、悪かったな」と言った後、
「ほら、サイ。そこに座れ。とりあえず、それ、飲めよ」
言われて才は、椅子に腰を下ろし、ペットボトルの蓋を開けて一口飲んだ。喉がすっきりとした。本当に水分が足りていなかったのかもしれない、と思った。
「何だ、サイちゃん。調子悪いのか?」
ドラムの前に座る高矢が、才の方を見ながら心配そうに声を掛けてくれた。才は首を振り、
「いや。もう大丈夫」
調子が悪かったようなことを言った。高矢は頷き、
「そうか。それなら良かったけど」
「ありがとう、タカヤ」
笑顔で言うと、スティックを振りながら、「いや」と言った。創は、そばに来ると、
「本当に大丈夫? 顔色悪い気がするけど」
「そうかな。さっきより、随分良いつもりなんだけど」
「んー。じゃあ、無理しちゃダメだよ」
「わかったよ。ありがとう、スギちゃん」
創が元の位置に戻ると、才は、ペットボトルを床に置き、ベースをケースから取り出した。アンプに接続して音を決めていく。チューナーがなくても、才は耳で音を合わせることが出来た。それを見ていた創が、「へー」と感心したような調子で言った。
「サイちゃん。やっぱり、すごいな。オレ、このチューナーがないと、音合ってるかわかんないのに」
「そうかな。たまたまだよ」
「そんなはずないじゃん」
創の言葉に、才は小さく笑った。少しだけ、心が晴れてきたのを感じていた。
練習が始まってからは、余計なことを考えなかった。初めてバンドとしての音を出してみて、何か楽しいな、と思う才だった。
時間になると壁のランプが点滅して、スタッフが時間だと伝えた。急いで片付けて、そこから出た。一階の受付で支払いを済ませると、三原が、
「ファミレス行くか?」
「おお。いいね。喉渇いてたんだ」
高矢が賛同する。創も、「行く行く」と乗り気だ。才は、三人に従うことにした。
店に入ると席に案内された。メニュー表を見ながら、三原が言った。
「オレ、何か食う」
その言葉が引き金になって、皆それぞれ食べる物と飲み物を注文した。料理が来るまでお冷を飲みながら、今日の練習について話した。気分が高揚していて、自然に声が高くなっていた。
料理が運ばれてきて、笑顔の店員が、
「申し訳ございませんが、もう少しだけ声を落として頂けますでしょうか」
丁寧だが、きっぱりとした口調で言われた。通路側に座っていた才が、店員のそばに立つと、深々と頭を下げ、
「すみません。オレたち、テンション高過ぎでした。以後、気を付けます」
「ご協力、感謝いたします」
中学生の男子たちに、子供扱いせず、大人に対するように店員が言った。才は、微笑を浮べて、シートに腰を下ろした。
「確かに、オレたち、うるさかったかも」
才は、三人に向かって冷静に言った。三人も、「そうだな」と口々に言って、先程までよりも声を落として話し始めた。
お茶の時間を終えて、店を出た後、才は三人と手を振り合って、家に向かって歩き出した。が、誰かに見られているような感じがして、振り向いた。見ていたのは、三原だった。才が三原の視線に気が付いたことを悟ると、すぐに目をそらして、背中を向けて走り出した。
「何なんだよ、ミハラくん……」
また、心の中がざわつき始めた。




