第一話 同級生
BLです。苦手な方はお控えください。
中学に入学して数日が過ぎた。津久見才は、担任教師の話をろくに聞きもせず、別のことを考えていた。
(今度の発表会、何弾こうかな)
夏に予定されているピアノの発表会の選曲に、頭を悩ませていた。弾きたいと思う曲は何曲かあったが、どれにすべきかは慎重に検討しなければならない。
頭の中で、それぞれの曲を再生していると、前の席の生徒が振り向き、
「津久見。プリント、回して?」
語尾が上がる。しかも、満面の笑み。その生徒・杉山創は、いつでもにこやかだ。誰とでも話をしているイメージで、常に楽しそうに見える。才は、創は自分とは正反対の人間だな、と思っている。
才は、創に笑顔を見せるでもなく仏頂面のままプリントを受け取ると、自分の分を取り、残りを後ろの人へ無言で回した。後ろの人も黙って次に回していく。
(それにしても、何で杉山の後が津久見なんだ? 田中くん、とか言う人がいれば、杉山と前後にならなかったのに)
正反対の性格なだけに、才は創が少し苦手だった。笑顔を見せられるたびに、つい溜息を吐きたくなる。
ホームルームが終わり、才は立ち上がり、カバンを肩に掛けた。教室のドアのそばまで来た時、
「津久見」
創だった。聞こえない振りをして歩き出そうかと思ったが、「待ってよ」と創に言われ、つい足が止まったままになった。振り返って創の方を見ると、カバンに教科書やノートを慌てた様子でしまい、肩に掛けると才のそばまで走ってきた。
「津久見」
「何だよ」
創の明るい声に反する冷たい調子で言い返すが、創は気にした素振りも見せず、
「途中まで一緒に帰ろうよ」
「え? 何で?」
「何でって。いいじゃん。一緒に帰りたいと思ったから。帰ろう」
才は、何も答えられなかった。が、創が歩き始めたので、才もそれに従い歩き出した。
「津久見ってさ、どこから来てるの?」
「どこでもいいだろう。取り調べ?」
「ん? どうしてそうなる? やだな、津久見。オレはね、ここから歩いて十分の所に住んでる。商店街の中」
「へー」
才の薄い反応をどう思ったのか、創は才の顔を覗き込むようにして見てきた。そして、首を少し傾げながら、
「もしかして、商店街を知らない? 津久見ってさ、お坊ちゃまっぽいからな。知らなくても、おかしくないけど」
「知らないとか、言ってないだろう」
「そうか。良かった。あの商店街の中ほどなんだ。今から、来る?」
何故、そういう展開になるのか、才にはさっぱりわからない。抑えようとしていた息を、つい大きく吐き出してしまった。
「杉山。悪いけど、オレはこれからピアノのレッスンに行かなきゃならない。だから、ここで……」
手を軽く振った。背を向けて歩こうとしたが、創が、「えっ」と大きめの声で言うので、つい創を見てしまった。創は、目を見開き、「すげー」と言った。
「すげー? 何が、すげー?」
「津久見って、ピアノ弾けるんだって思って。それが、すげー」
「ピアノ弾けるのって、すげーんだ。知らなかった」
「すげーよ。だって、オレ、弾けないもん。オレの友達で弾けるのは、津久見だけだよ」
今度は、才が首を傾げた。今、何か変なことを言われたよな、と少しの間考え、そして、わかった。
「杉山。間違ってるよ。オレと杉山、友達じゃないから」
訂正を入れると、創は口をとがらせて、すねたような表情になり、
「津久見。オレたち、友達だろう? 友達だと思ってるんだけど、オレ」
「オレは、別に思ってない」
再度手を振って、今度こそ背を向けて歩き出した。創は、「じゃあな。また明日」と、明るく声を掛けて来た。
そう。残念ながら、明日も会うんだな、と思い、憂鬱になる才だった。