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第9話 憔悴

 白鷺凪(しらさぎなぎ)と交戦するも、歯が立たずに逃走した如月と阿東。


 二人は現在、白鷺と交戦した地点から三百メートルほど離れている路地裏に身を潜めていた。


 如月が近くのアパレルショップから厚手(あつで)のコートを調達してきて、それを肘から先が無くなった阿東の右腕に巻きつけて止血を図る。この街全体から人間が消えている以上、店の中にも店員はいないので、当然のように無一文で頂戴した。


「思ったより出血が少ないな。これならしばらくは保ちそうか……?」


 阿東の傷口にジャケットを巻き付けた如月が、首を(かし)げながらそう(つぶや)く。

 右腕の他にも、阿東は胴体をあちこち、さらには右目まで切り裂かれて潰されてしまっているが、怪我のわりに出血は少量だ。


 一方、阿東はこれまでの天真爛漫ぶりが嘘だったかのように消沈しており、表情も暗い。如月に応急手当を施されている際も、傷の痛みに苦しむような様子は一切見せず、ただひたすらに絶望の様相を(てい)していた。


「……血管を引き締めてるの。それで出血を抑えてる。とりあえず、すぐに失血死することはないと思う。ずっとこのままだと流石にマズいけれど……」


「そうなのか。意外と器用な身体だな。しかし、ここからどうしたものか……」


「……私、は……」


「うん?」


「私が……最強だと思ってた……。あまり外の世界は知らないけれど、自分の肉体(カラダ)が普通の人間よりずっと強いってことくらいは分かってる。そんな肉体(カラダ)を持つ私が、誰かに負けるなんてありえないって……。でも、結果はこのザマ……。私、今日で死ぬのかな……」


 言葉を(つむ)ぐにつれて、阿東の声の震えがだんだんと大きくなっていく。そして(つい)には涙まで流し始めてしまった。


「ただ、普通に生きたいだけだった……。こんな能力なんかいらないから、ただ普通に生きたかったの……。こんなところで、死にたくないよ……!」


「阿東さん……」


 キュッと目を(つむ)り、絶望と恐怖を(こら)えている彼女を見ると、如月も胸を締め付けられるような思いに駆られた。どうにか彼女を元気づけたいと、口を開かずにはいられなかった。


「僕が……僕が君を守る。二人で一緒に生き残ろう」


「無理よ……! だって如月でも、あの白鷺って女の人には勝てなかったじゃん!」


「もう一度、二人で戦おう。さっきは負けたけど、死なない限り再挑戦はできる。さっきの反省を活かして、今度は……」


「だから無理だって! また戦えば、私は絶対に殺される! だいたい、このゲームのルールを忘れたの!? 生き残れるのは一人だけ! 私たち二人が最後まで勝ち残っても、どちらか一人は最後に死なないといけないんだよ!? キミが私を守ってくれたって意味無いんだよ!」


「それは……」


「如月が最後に死んでくれて、私に優勝を譲ってくれるなら別だけどさぁ! どうせキミだって、自分の命の方が大切なんでしょ!?」


 阿東にそうまくし立てられた如月は、気まずそうに口をつぐんだ。


 彼女に一目惚れしたのは事実だ。

 しかし、それでも、如月にとっても、阿東はまだ出会って一時間も経っていない女性だ。結んだ友誼(ゆうぎ)は未だ仮初(かりそめ)で、共に歩んだ時間は(はかな)いほどに短い。


 阿東の言う通りだった。一目惚れしたとはいえ、今日出会ったばかりの女性に自分の命を捧げる覚悟があるかと言われると、如月は首を縦には振れなかった。


「やっぱり如月はさ、自分が優勝する可能性を高めるために、私を利用しようと思ってチームを組みたいなんて言い出したんじゃないの!?」


 とうとう阿東の不安と不満が、不信に転化され始めた。

 このままでは、せっかく結び付けた友誼さえも崩れ去る。


 もう何でもいい。とにかく彼女を安心させる必要がある。

 そう考え、如月は勢いのまま口を開いた。


「……僕は、相手の生命活動を一時的に停止させられる拳法が使える! 如月家に代々伝わる忍びの技だ! けれど、その生命停止は一時的なもので、しばらくすると復活する! 仮死状態にするだけなんだ!」


「それで……その拳法がどうしたの?」


「僕たち二人が生き残った時、僕がその拳法を君に打ち込む。それで君はいったん死んでしまうけれど、後で復活できる。ちょうど、ゲームが終了した後くらいに。これなら、誰か一人しか生き残れないリバースエッジの勝利条件と、君の無事、両方を満たせるんじゃないか?」


「それは……そうかも……。でも、その話だって私を利用するためのでっち上げって可能性も……」


「信じてくれないか阿東さん。君だけじゃなく、僕だって、君が死んでしまうのは嫌だ」


 そう問われて、阿東はしばらく沈黙する。

 如月の方は見ず、前だけを見つめて思案している様子だ。


 やがて彼女は、観念したかのようにうなずいた。


「……分かった。どのみち、もうこうなった以上、私一人の力で最後まで生き残るのは無理そうだし、誰かに助けてもらうべきなのは事実だし。それなら私はキミがいい」


「ああ。無くなってしまった腕の分まで、君を助けよう」


「いいよ、腕くらい後で……ううん、とにかく、ごめん。またよろしくね如月」


「ああ、こちらこそ」


 どうにか阿東を落ち着かせることに成功した如月。


 しかし内心で、彼は頭を抱えていた。

 確かに、秘伝の拳法で相手の生命活動を止めることはできる。


 死んだ後、復活するというのは嘘だ。作り話だ。

 相手をわざわざ復活させる暗殺拳など、存在する意味がない。


「どうした、もんかな……」


 阿東に心境を悟られないよう、如月は目線だけで天を仰ぎ見た。


 ……が、その直後。

 如月は、自分たちの様子を窺う何者かの気配を察知し、近くの角の向こうに声をかけた。


「そこ、誰かいるな。隠れていないで出てきたらどうだ」


「……へへへ。ごめんな、声が聞こえてきてさ。つい気になっちまったんだ」


 如月の声を受けて姿を現したのは、リバースエッジの参加者の一人、九頭巡一郎だった。

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