第8話 評論
今しがたの如月たちと白鷺の戦闘を、モニタールームで映像越しに観戦していた観客たち。
二人を同時に相手取って圧倒してみせた白鷺の実力を見て、観客たちは盛り上がっていた。
「やっぱり白鷺だ! 彼女が勝つぞ!」
「くっそぉ! 何やってんだ如月! 二対一でなんで勝てねぇ!」
歓声や怒号が飛び交い、混沌極まるモニタールーム。
その片隅にて、二人の男性客がワイン片手に静かに試合を眺めている。
「なんてこった。あの阿東とかいう女、パワーだけで全然ダメじゃないか。腕も斬り落とされたし、こりゃ終わったな。大損だ。如月とタッグを組んだし、イケると思ったんだが」
「そりゃお前、大穴を狙いすぎたな。彼女は見るからに、戦闘に関してはド素人だ。自分の肉体に絶対の自信を持っていて、他の連中がその肉体に対抗できるバケモノばかりだなんて夢にも思ってない」
「そういうお前は誰に賭けたんだ? 白鷺か?」
「俺はセルゲイに賭けた」
「セルゲイ……。確か、ロシア出身の殺し屋だったか」
「ああ。大陸の裏社会でセルゲイを知らない奴はいない。いくら白鷺でも、一方的な暗殺には勝てないだろう」
そんな調子で二人の男性客が言葉を交わしていると、そこへひどく酔っ払った別の中年男性客がフラフラと近づいてきて、二人に声をかけてきた。
「いやぁ~兄さんがた。そりゃあ早計だねぇ。おたくらはリリアンを知らんのかい?」
「なんだアンタ。あっちに行け」
「んー、でも俺、あのリリアンって女のこともよく知らないな。教えてくれよオジサン」
阿東に賭けていた男性がそう尋ねると、酔っ払い客は自分が知っていて相手は知らない情報を持っているという事実に優越を感じたか、気を良くしながらペラペラと話し始めた。
「あの女はな、アフリカの某国の民兵だったのよ。その国は内乱がひどくてな、彼女は子供の頃から銃を握って育ってきたらしい。今に至るまでの二十数年間、ガチガチに戦闘を経験してきたプロの兵士ってワケよ」
「ふうん……。けど、生まれた時から戦いと共に生きてきたっていう背景は、他の参加者が持っていても全然おかしくなさそうだけどな。本命にするには弱い根拠なんじゃないか?」
「驚くのはまだ早ぇよ兄ちゃん。リリアンの才能と実力はホンモノだった。デモを武力鎮圧しに来た国軍一個中隊を、あの女は一人で全滅させちまったんだよ。たった数丁の銃火器だけでな」
「一個中隊を……!? つまり、たった一人で二百人の兵士を潰したっていうのか!?」
「そうさ。その証拠に、彼女は某国で指名手配されていてな。その首には億を下らない賞金がかけられている。知名度は低いんで四番人気に収まっちまってるが、あの女はダークホースになるぞぉ?」
酔っ払いの解説を受けて、驚きを隠せない男性客。
そんな彼の様子を見て、さらに気をよくしている様子の酔っ払い。
一方、セルゲイに賭けているもう一人の男性客は、酔っ払いがなかなか離れないのでうんざりしている様子である。
するとここで、このリバースエッジを運営している『組織』の人間、タキシード姿の司会者が三人のもとにやって来た。
「皆様方、楽しんでおられますか?」
「おお! 司会の兄ちゃん! おかげさまで楽しませてもらってるぜ~!」
「それは何よりでございます。何かご不明な点、至らぬ点などございましたら、お気兼ねなく我々にお声をおかけください」
「おー……そうだ、ちょっと聞きたいことがあるんだけどな?」
「はい、如何なさいましたか?」
「なに、ちょっと気になっただけさ。アンタなら、あの六人の参加者の中で、誰に賭けるのかなって」
「私が、でございますか?」
その酔っ払いの質問には、阿東に賭けていた男性も、セルゲイに賭けている男性も気になったのか、横眼で司会者を見ながら耳を傾ける。
質問を受けた司会者は、視線を上に向けながら答え始めた。
「ふーむ。ゲームの司会者として、こういう質問にお答えするのはあまり良くないのかもしれませんが……個人的には、九頭様などは少し注目していますね」
「九頭……九頭巡一郎か」
「はい。これは個人的な印象に過ぎないのですが、ああいう退廃的な眼差しを持つ人間は、良くも悪くも一筋縄ではいかないという認識があるもので」
マイクを持って司会進行を務めていた時は溌剌とした声を発していた司会者は、その時とは打って変わって終始落ち着いた声色で質問に答えた。こっちが彼の『素』なのだろう。