第7話 剣豪
如月鋭介と阿東カナのコンビが、白鷺凪と遭遇した。
白鷺の顔を見た如月が、緊迫の面持ちでつぶやく。
「彼女は、白鷺凪か……! マズイ奴と遭遇したな……。会話に夢中になりすぎて、近づいてくる足音に気づくのが遅れた……」
「知り合いなの?」
阿東が如月にそう尋ねる。
如月は阿東の方を見ず、白鷺を警戒しながら返答。
「会うのは初めてだけどな。彼女は裏社会で用心棒稼業をしている女剣士だ。業界の中でも最強格だと聞いている。実際、如月家の忍者も雇い主同士の仕事の関係で対立して、二人ほど殺られた」
「つまり、強いってことだね」
「その通りだ。いいか、連携を意識するぞ。真正面からやりあって勝てるような相手じゃ……」
「心配しないで。さっき戦って分かったでしょ? 私は強いから!」
そう言うと、阿東はいきなり白鷺に向かってダッシュ。
あまりにも急な行動だったので、如月は完全に置いて行かれた。
「あ、おい!? 阿東さん!?」
「援護お願いね、如月!」
阿東が如月に返事をした時には、もう彼女は白鷺の目の前まで肉薄。右の拳を思いっきり振りかぶり、白鷺の顔面めがけて殴りかかった。
「おりゃーっ!!」
……だが、阿東の拳は白鷺に命中しなかった。
いや、本来だったら命中していたはずなのだ。
白鷺が刀を抜き放ち、阿東の右腕を斬り飛ばしていなければ。
斬り飛ばされた阿東の右前腕が、彼女から離れた場所に落ちる。
肘から先が無くなった右腕を見て、阿東は理解が追い付かない。
「え……あれ?」
「遅いわぁ。あくびが出ますえ」
「あ……ウソ!? 私の腕!?」
ようやく事態を理解した阿東。
すぐさま飛び退き、白鷺から距離を取ろうとする。
しかし、白鷺も同時に動き出し、一瞬で阿東との間合いを詰める。
再び刀を振るい、阿東の左鎖骨、左わき腹、腹部、右目と、次々と斬りつける。
「うっ……あ……!?」
血しぶきが舞い、阿東が背中から地面に倒れる。
倒れはしたが、後転して受け身を取り、すぐに立ち上がろうとする。
だが、白鷺が早かった。
立ち上がろうとしている阿東の首を狙って、横一閃。
「まずは一人。往生しぃや」
「やば……!?」
こうして、一人脱落……と思われたが。
白鷺の刃は、阿東の首を斬り落とせなかった。
駆けつけてきた如月が、阿東と白鷺の間に割って入り、右肘と右膝を使って、白鷺の刀を挟み込むように止めていたからだ。
「くぅっ……!」
「あらあら。カッコよろしおすなぁ」
「褒めても、これくらいしか出せないぞ! プッ!」
白鷺の刀を挟んで止めながら、如月は口から小さな針を数本、彼女の左目に向けて発射した。含み針だ。針には麻痺毒が塗られている。
至近距離からの針攻撃だったが、白鷺は知っていますとばかりに首を傾け、飛んできた針を余裕で回避。
針は回避されたが、その隙に如月は二本の苦無を両手に持ち、白鷺に斬りかかる。斬撃と回り込みを交互に行ない、白鷺の周りをグルグルと回りながら無数の斬撃を浴びせる。
しかし、これも白鷺には通用しない。
前から斬りつけても、左右からでも、背後からでも、白鷺が持つ刀が正確に如月の刃を阻む。
「やりますなぁ。ウチもちょっと熱くなってまうわぁ!」
そう言って、白鷺は鋭い大振りの一太刀を繰り出した。
この一撃を苦無で逸らそうとした如月だったが、彼の直感が訴えてきた。この斬撃をまともに防御するのは拙いと。
如月は行動を切り替え、苦無でガードの姿勢を取りながら後退。
すると、なんと白鷺の斬撃を受け止めた苦無が真っ二つに切り裂かれた。
犠牲になったのは苦無だけではない。
如月の顔にも、大きな裂傷が入った。
「うぅっ!? 飛び退いていなければ、苦無ごと頭を真っ二つにされていた……!」
顔から噴出した血を、忍者装束の右袖で拭う如月。
どうにか白鷺から距離を取ったが、彼のすぐ後ろには街灯が。
これなら彼は後ろへ逃げにくい。
そう判断し、白鷺が再び間合いを詰めて、如月に斬りかかる。
先ほどのように、大振りで。
如月は背後の街灯を駆け上るように、大きくバク転。
斬撃を仕掛けてきた白鷺を飛び越えて、その背後に着地。
一方、先ほどまで如月がいた場所を狙って振り抜かれた白鷺の一太刀は如月を捉えられず、その代わりに如月の背後に立っていた街灯に刃が食い込む。
刃は街灯に弾き返されることなく、そのまま振り抜かれた。
後ろに回り込んできた如月の方を振り向く白鷺。
その彼女の眼前に、如月は手のひらサイズの煙玉を放り投げる。
煙玉が白鷺の眼前に迫った瞬間、炸裂。
その手のひらほどの大きさからは考えられないほどの量の煙が、一瞬にしてここら一帯を包み込んだ。
「忍者らしく、闇討ちどすか?」
煙幕の中で、白鷺は刀を構える。
どこから如月が襲い掛かってきても対応できるように。
しばらく刀を構えたままの白鷺だったが、一向に如月は攻撃を仕掛けてこない。やがて煙幕も晴れてきた。
煙が綺麗さっぱり消えると、そこに如月の姿は無かった。
如月だけでなく、阿東の姿も。
どうやら白鷺が煙幕に気を取られている間に、攻撃も仕掛けず撤退したようだ。残されているのは、先ほど白鷺が斬り落とした阿東の右前腕のみ。
「……比翼の鳥かと思うたけど、脱兎の類やったか。共通するのは頭数の数え方くらいやな。一羽、二羽……ってな」
刀を鞘に納めながら、白鷺はそうつぶやいた。
ちょうど同時に、先ほど彼女が袈裟方向に斬った街灯が、今ごろになって倒れ落ちた。
街灯のボディたるステンレスが地面に激突する甲高い音と、先端の光灯部分が粉砕されるガラスの破壊音が、暗い夜の街に響き渡った。