第6話 願望
「如月はさ、このリバースエッジで勝ち残って叶えたい願いって何なの?」
阿東カナが、建物の陰から周囲の様子を窺っている如月にそう声をかけた。タッグを組んだ二人は現在、身を隠しながら他の参加者の位置を把握することに努めている。
阿東の言葉を受けて、如月は周囲の警戒を中断し、彼女の方を振り向いて答えた。
「自由になりたい。僕の家は代々、この国に仕える忍者を輩出している一族なんだが、僕はもっと自由に生きたいんだ。でも、家を出ると追っ手を差し向けられる。だから、このリバースエッジを開催している『組織』の力を借りて、安全安心に自由を手に入れたい。それが僕の願いだ」
「へぇー」
「なんだ。聞いておいて、なんか興味なさそうな返事だな」
「まぁ、どうせ勝ち残るのは私だし。他人の願いを聞いても意味なかったかなって、いま思った」
「そういう君はどうなんだ? この殺し合いに何の願いを賭けている?」
「私? いや……さっきも言ったとおり、私はキミを利用させてもらうスタンスだから、あまり情報を喋るわけには……」
「君の能力の秘密ならともかく、願いくらいなら暴露してもらっても大して支障はないだろ? 聞かせてほしいな。まぁ、無理にとは言わないけど」
「あー、もう分かったわよ。んー、言ってしまったらキミと同じかな。自由がほしい」
「君もか。そういえばさっき、『施設』がどうとか言ってたな」
「え? 小声でつぶやいたハズなのに聞こえてたの……って、そっかぁ、耳が良いんだっけキミ」
聞かれてしまった以上は仕方ないと思ったのか、そのまま阿東は自分の生い立ちについて説明を始める。
彼女は物心ついた幼少期から、とある秘密結社の研究施設にて面倒を見られていた。その研究施設を、彼女を含めて関係者たちは『施設』と呼称している。
両親のことは全く憶えていない。
『施設』の関係者なのか。一般人なのか。
どういう経緯で自分が『施設』に連れてこられたのかさえも。
阿東カナは、この『施設』が研究していた生体兵器の実験体だった。それは液状の微生物であり、注射器などで人間の体内に投与すると、その人間の肉体を自分たちの宿主として定め、宿主たる人間の肉体を大きく改造してしまう性質を持っている。自分たちの住処たる宿主が外敵に襲われないように、より強靭に。
この改造行為は、宿主の体力や耐久力を度外視して行われる。
そのため、肉体の変質に耐え切れず、命を落とした被検体が大勢いた。
しかし、阿東は奇跡的に生き残った。
その結果、現在の肉体を手に入れた。
岩をも砕く怪力と、銃弾をも通さない筋繊維を備えた肉体を。
「それで、私の性能を確かめる最終テストとして、『施設』は私をこのゲームに送り込んだってわけ」
「なるほど……」
そう返事をした如月だったが、ふと一つの疑問が浮かび、再び阿東に問いかける。
「ん……? けれどそれって、君がこのゲームを勝ち抜いた時、『自由になる』って願いは叶えられるのか? 君の管理者である『施設』が、願いを叶える権利を横から持って行ってしまいそうなものだけど」
「まぁ、『施設』はきっとそうするだろうね。けれど大丈夫! 私がこのゲームに勝ったら、次は『施設』を潰すつもりだから!」
「ず、随分と簡単に言うんだな。できるのか?」
「さっきの私の力、見たでしょ? 私には、どんな相手でも一撃でぶっ飛ばせるパワーと、どんな攻撃も耐えきれる頑丈さがある! 『施設』が抱えている軍隊じゃ、もう私は止められないよ」
「そうか……。けれど、君がその『施設』を潰したら、わざわざ『自由になりたい』なんて願わなくても、もう君は自由の身だな」
「もちろん分かってるよ。だから正確には、私の願いは『学校に行きたい』」
「学校か……」
「そう! 学校に行くための手続きとかアレやコレやとかを、『組織』に全部やってもらうの。そして、普通の女の子みたいに生きるんだ! 悪いけど、この願いは譲れないから。最後に勝つのは私だよ」
自信満々にそう言い切る阿東だが、それを聞かされた如月は危うさを感じていた。
裏世界で活動する組織の多くは、よほど間抜けでない限り、基本的には用心深くて用意周到だと相場が決まっている。恐らくは阿東がこのゲームで優勝し、『施設』に反旗を翻す展開も、『施設』側はあらかじめ想定しているに違いない。
彼女はきっと、『施設』の外をあまり知らずに育ったのだろう。
そんな彼女にとって『力』といえば、自分の能力が認識の全てであり、頂点だった。
つまるところ、彼女は世間知らずなのだ。
だからこそ、無根拠ながらも自分の能力に自信を持ち、『施設』に出し抜かれる可能性をまったく考慮していない。
これを指摘しようか、どうしようか。
悩んでいる間に、先に阿東が声をかけてきた。
「如月は学校に行ったことあるの?」
「え? あ、ああ。そりゃ当然。表向きは高校生だからな僕」
「えー! いいなぁ! ねぇ、学校って具体的にはどんなところ? 私でもちゃんと馴染めるかな!?」
「うーん、馬鹿力さえどうにかできれば……」
「あらあらまぁまぁ。随分と仲がよろしおすなぁ。何時からこの死合はお見合い会場になったん?」
何者かの声。
如月でも阿東でもない、第三者の言葉。
言葉を投げかけられたのは背後から。
如月は苦無を抜き、阿東は拳を構え、振り向く。
二人は同時に、敵の姿を視認。
そこに立っていたのは白鷺凪だった。
「あまり男女の仲に口出しするつもりは無いんやけどなぁ。それでも、おしゃべりする時と場所と場合くらいは弁えんと。TPOっちゅーヤツやな。こんなところでのん気にお話なんかしていたら……死にますえ、ご両人?」