第4話 交渉
スライディング後の隙を狙って、阿東カナは、仰向けになっている如月鋭介に向かって拳を振り下ろした。
しかし、ここは如月が一枚上手だった。
迫ってきた阿東の拳を取って、同時に自身の両脚を絡ませる。
彼女の脇、さらには首筋まで巻き込むように。
「え、えっ?」
まるで力の流れを変えられるように、あっさりと体勢を崩される阿東。そのまま背中から地面に引き倒されて、綺麗な腕ひしぎ十字固めの姿勢が完成した。
「これで少しは大人しく……」
そうつぶやき、如月は阿東の無力化を図る。
しかし、彼女の怪力は如月の想定を超えた。
腕十字を極められ、地面に倒されていながら、その極められている右腕を無理やり持ち上げ、如月を振り飛ばしてしまったのだ。
「放してっ!」
「うわっ……!?」
まさかあの体勢からぶん投げられるとは思わず、わずかに感嘆が混じった驚きの声を漏らす如月。投げ飛ばされながらも空中で体勢を整え、足からビルの外壁に着地し、道路へ降り立った。
阿東も立ち上がり、両者、中距離から相手を見据える。
二人とも呼吸と共に肩を上下させ、上がった息を整えている。
その途中で、阿東が如月に声をかけた。
「……キミ、さっきから積極的じゃないよね。さっき私を地面に倒した時だって、その気になれば首とか、心臓とか、急所を狙えていたでしょ? それより前にキミが言っていた、私と手を組みたいって話、本気なの? だから私を殺そうとしないの?」
「ん……まぁな。ほとんど初対面で、おまけにお互い殺し合いゲームに参加しているのに、変なことを言っていると思われるだろうけど」
「そりゃあね。いったいどういうつもりなの? 何の理由があって私なの?」
「それは……」
如月は迷った。
彼女に自分の心中を打ち明けるかどうか。
ちなみに、打ち明けたら戦略上困ることになる、ということはない。如月が言いにくそうにしているのは、ただ単に『告白みたいで恥ずかしい』と思っているだけだ。彼も表向きは十六歳の男子高校生。年相応の羞恥心が彼の口を閉ざそうとしていた。
しかし如月は、意を決して正直に話すことにした。
この選択が、何かの運命を変える一手になる。その直感を信じて。
「その……だな……。言ってしまうと、さっき君を見た時、可愛いって思ってしまったんだ」
「可愛い……え? 可愛い? え、ええ?」
あ、思ったより良い反応をする。
そう感じた如月は、さらに会話を続ける。
「できれば君を傷つけたくない……そう思ってしまったんだ。だから、咄嗟の判断ではあったけど、君とチームを組みたいと思ったんだ」
如月の言葉を受けた阿東は、あわあわとしている。
外見年齢相応の、純真な女子高生のテンプレートのような反応である。
「で、でも……これは誰か一人しか生き残れないデスゲームなんだよ? チームを組んでも、最終的には私たち二人で殺し合わないと……」
「うん、そうだな……。僕にも叶えたい願いがある。だから僕たち二人が残った時、わざと負けてあげるような真似はできない。でも、それまでの間だけでも、ダメだろうか? こんな状況で出会ってしまったからこそ、少しでも長く君と一緒にいたい」
「う、うう……よくそんな台詞スラスラと言えるね……!」
「信用ならないなら、僕の能力も開示しよう。僕は耳が良い。遠く離れた小さな物音も聞き取れる。さっきマンションの屋上にいた君に気づいたのも、この特技のためだ」
如月がそこまで言うと、阿東は困り果てたような表情になり、視線をあちこちに向けながら思考し始める。
「ううーん、どうしよう……どうすればいいのかな……。こんな状況はどうすればいいか、『施設』じゃ何も教えてくれなかったなぁ」
そうつぶやきながら、しばらく悩んでいた阿東だったが、やがて観念したようにため息を一つ吐き、うなずいた。
「……わかったわよ。そこまで言うなら、キミの言葉に乗ってみるよ」
「良かった、ありがとう。改めて……俺は如月鋭介」
「私は阿東カナ。よろしく……あ、でも待って! 私はあくまで、キミを利用するスタンスで行かせてもらうから。だから私はキミに能力の全てを明かさない。それでいい?」
「ああ、それでいい」
「はぁ……。サクッとみんな殺して優勝するはずが、なんだか大変なことになっちゃったなぁ」
嬉しそうに小さく微笑む如月とは対照的に、阿東は天を仰ぎ見た。
ともあれ。
こうして如月と阿東は同盟を組み、共闘することになった。