第3話 接触
『リバースエッジ』ゲーム開始からおよそ二分経過。
参加者である如月鋭介と阿東カナが接触。
月明かりに顔を照らされながら、阿東は五階建てマンションの屋上から如月を見下ろしている。彼女は地上の如月に明るい微笑みを向けているが、それが友好の表れなのか、それとも獲物を見つけて牙を剥いているつもりなのかは、まだ判別がつかない。
一方、阿東から笑顔を向けられている如月は、まず第一にこう思った。
「あっ、可愛い……」
……彼の頭がいきなりおかしくなったわけではない。
ドストライクだったのだ。
電撃的なまでに好みのタイプだったのだ。
ふわりとした質感の髪。
勝気と可憐が神がかったバランスで溶け合う人相。
貧相過ぎず、豊満過ぎない、黄金比率のようなスタイル。
一目惚れであった。
如月鋭介のハートは、開幕二分でぶち抜かれ、即死した。
そんな彼の心情など微塵も知らない阿東は、準備運動のつもりなのか、右腕を肩ごとブンブンと回している。やる気満々といった様子だ。
「まずは一人目! サクッと殺しちゃうよ!」
「あ、おい! いつまでもそんなところに立っていたら、スナイパーが……」
慌てて如月は声をかけたが、遅かった。
遠くから銃声が聞こえて、阿東の胸の中央にライフル弾が直撃した。
……が、しかし。
阿東は少しのけ反っただけで、何事も無かったかのように生きていた。胸部からは一ミリも出血していない。
「痛ったぁ!? もう! 誰よ今撃ってきたの!? 許さないんだから! 二人目のターゲットは、今撃ってきたヤツにする! だから……一人目のアナタは、手間を取らせずにさっさと死んでねっ!」
そう言って、阿東はマンションの屋上からジャンプ。
超人的な跳躍力で、地上の如月めがけてまっすぐ飛び蹴りを仕掛けてきた。
「あの高さから……!?」
驚愕で目を丸くしながらも、すぐさまその場から離れる如月。
先ほどまで如月が立っていた場所に、阿東が着弾。
隕石でも落ちてきたかのように、落下地点に凄まじい衝撃が発生。周囲が無惨に破壊される。
まだ晴れない土煙の中から、阿東が飛び出してきた。
あっという間に如月との間合いを詰めて、両方の拳で殴りかかる。
「おりゃーっ!」
彼女の拳は、振るわれれば空気がブレるほどに速く、重々しかった。被弾すれば一撃で骨が粉砕される……それくらいなら良い方だろう。場合によっては、至近距離から大砲でも喰らうかのように、身体に風穴を開けられる可能性すらある。
如月の背後には小さなビルの外壁。
回避に徹していたので、追い詰められた。
「もらったぁ!」
チャンスとばかりに殴りかかる阿東。
その拳を引き付け、阿東の側を通り抜けるように回避する如月。
如月がいなくなったビルの外壁に、阿東の拳が叩きつけられる。
大型ダンプカーが突っ込んできたかのように、外壁は派手に破壊された。
「銃弾を受けても傷一つ付かず、あの高さから飛び降りても無傷。そしてこの怪力……。この超人的な身体能力が、彼女の武器というわけか……!」
追撃してきた阿東の拳をひらりひらりと回避しながら、如月は分析する。
確かに阿東の拳は速いが、大振りなので攻撃のタイミングが分かりやすい。如月ほどの手練れであれば回避することは造作もない。
如月は一度、後方に向かって大きく跳躍。
阿東から距離を取って、彼女に声をかける。
「ち、ちょっと待ってくれ! 僕は君と戦いたくない! ここは一つ、手を組まないか!?」
「そんなこと言って、だまし討ちでも仕掛けるつもりなんじゃない? それに、どうせこのゲームは一人しか生き残れないんでしょ? 誰かとチームを組んだって、結局は意味ないよ!」
阿東はそう答えて、近くに駐車されていた普通自動車へ歩み寄る。シルバーの塗装が特徴の、どこにでもあるシンプルな自動車。
そして彼女は、その自動車を両手で持ち上げて、如月めがけて投げつけた。
「やぁーっ!!」
「滅茶苦茶な……!」
如月はスライディングを繰り出して、飛んできた自動車の下を潜るようにして回避。
だが、そのスライディングの到着予想地点に、阿東が待ち構えていた。
拳を構えて、いつでも如月に振り下ろせる状態で。
「いらっしゃい♪」
「くっ……!」
いくら如月でも、繰り出したスライディングを途中で止めることはできない。
攻撃の命中を確信して、阿東が拳を振り下ろした。