番外 裏側
リバースエッジ。
それは、六人の超常の殺し屋たちによる、血で血を洗うサバイバルゲーム。
……という設定の漫画を原作とした実写映画。
今回ご紹介するのは、その映画撮影の舞台裏。
早い話が、中国カンフー映画とかピクサー映画のスタッフロールで流れるNGシーン短編集。お楽しみいただけたら、これ幸い。
①腰の入った一撃
如月と阿東が初めて遭遇し、一戦交えるシーンにて。
阿東カナ役を務める綺羅めくるが如月に殴りかかる。
左の拳と右の拳によるコンビネーション。
それをひらりひらりと回避する、如月鋭介役の如月湊。
何の因果か、作品の主人公と同じ苗字。
湊の本業はアクション俳優ではなくアイドル。そんな彼が本業の俳優さながらにめくるの攻撃を回避できているのは、彼女の攻撃の順序が台本によって決められているからである。次に来る攻撃はあらかじめ分かっているので、それに備えて回避すればいい。
だがここで、熱が入っためくるによる、台本に載っていないボディーブローが炸裂。湊のわき腹に直撃してしまった。
「ぐああ!?」
「あっ、やっちゃった。大丈夫?」
「い、いったん止めてくれ、いったん……」
このシーンにおいて、湊はめくるの攻撃を全て回避しなければならない。残念ながらNGである。
しかし全回避以前の問題として、めくるの一撃はかなり強烈だった。湊はその場にうずくまってしまっている。これでは演技続行どころではない。
「ろ、肋骨が星くずにされるかと思った……」
「ごめんごめん。けど、大げさじゃない? 男の子なんだから一発くらい大丈夫でしょ、こんなか弱い女の子のパンチくらい」
「いや、そうは言いますけど、阿東さん……いや、めくるさんのパンチってやたらと腰が入ってるというか……。昔、何か格闘技とかしてましたか?」
「いや全然。まったくの未経験だけど」
「じゃあ天与の才能ってことか……」
「あんたもなかなか言うわよね。どこぞのアルバイトを思い出すわ」
「きっと小さい頃は、同年代の男子も容赦なく泣かせてきたに違いない……」
「そ……そんなことは、ないわよー?」
そう答えるめくるの視線は、右へ左へと泳いでいるように見えた。
②外国人役の二人
撮影本番前に、台本の確認をしている人物が二人。
一人はリリアン・マハマット役の倉木理亜奈。
もう一人はセルゲイ・スニマスキー役のフェニックス大。
共に、海外から参戦した殺し屋を演じている。
試しにフェニックス大が、セルゲイとしての台詞を読み上げてみる。
「『予想通りだったな。あの日本ブレードの女は、スナイパーとの戦い方をよく分かってないらしい』。うーん、まだちょっと日本人っぽさが抜けてないか?」
「バリバリの日本人だったわよ」
隣で聞いていた倉木がそう言って、がっくりと肩を落とす大。困った顔をして頭をかく。
「くーっ。アンタは良いよな! 見るからに同郷のキャラクターが担当で!」
「いや、私だって日本生まれの日本育ちだけど?」
「ああ、そうなの……」
「こう見えても、外国人っぽく演じるのに苦労してるんだから。大さんも頑張りなさいな」
「参ったなぁ。そもそも俺はプロフィールに『苦手な役柄はロシア人』ってしっかり明記してるのに、それでどうして俺にロシア人役のオファーが来るかなぁ」
ちなみにフェニックス大がセルゲイ役に選ばれた理由は、リバースエッジの原作漫画に出てくるセルゲイが彼にそっくりだったからである。監督、原作者ともに、即断即決で大にオファーを送った。
「くそっ。それもこれも、よりによってロシア人設定の原作セルゲイが悪い! 今からでも『実は日本人でした!』ってことにならねぇかなぁ!」
「炎上案件でしょ。そんなに嫌なら断ればよかったじゃない」
「馬鹿言え。なにせ、この映画にはあのトップアイドルの如月湊に綺羅めくる、おまけに大物俳優の五味秀一まで出演する。原作漫画の人気はぼちぼちだそうだが、これだけ有名人が出るんだ。共演者の俺も名前を売るチャンスってモンだよ」
「まぁ、気持ちは分かるわね。この業界、どんどん自分から売り込んでいかないと、あっという間に干からびちゃうから」
「それにこちとら、昔の劇団で背負っちまった借金もあるんだ。舞い込んできたチャンスは絶対に放さないぜ」
「苦労してるのね……。頑張って。応援してるわ」
「おう! ありがとうよ!」
「あ、でも、あなたとの共演は今後NGで」
「は!? なんで!?」
「なんか……理由は分からないけど、なんかキモチ悪いから?」
「ええ……」
③実力派俳優
物語の後半。九頭巡一郎が本性を現し、如月鋭介と阿東カナと白鷺凪を罠に嵌めた。
しかし、如月の機転によって、彼と阿東は罠を回避することができた。その種明かしを九頭に語って聞かせる。
「阿東さんは、ほとんど『施設』の外から出たことがない。僕も『施設』についてはほとんど知らないが、要は阿東さんのような生物兵器を製造する研究所のような場所なんだろ? つまり、そこに出入りしていたであろうお前の正体は、恐らく化学者じゃなくて化学者……あれ?」
「はーいカットー。カメラさん一回止めてー」
如月湊が台詞を間違えた。
気を取り直してテイク2。
「阿東さんは、ほとんど『組織』の外から出たことがない。僕も『組織』については……あっ、ここは『組織』じゃなくて『施設』だったっけ……?」
「はいカットー」
テイク3。
「阿東さんは、ほとんど『施設』の外から出たことがない。僕も『施設』についてはほとんど知らないが、要は阿東さんのようなへいぶつせいきを……ごめん」
「カットー」
如月湊の調子が悪いので、いったん撮影を中断し、休憩時間を取ることにした。
「本当すみません……。なんかどうもドツボに嵌まったみたいで……」
しょんぼりしながら謝罪する湊。
綺羅めくると、白鷺凪役の蒼月しずくは、そんな彼に声をかける。
「まったくもう。しっかりしてよね。確かにここのシーンの台詞は長いけれどさ」
「まぁまぁ。こういうのは誰だってあるわよ如月くん。私やめくるさんだって、NGは何回か出しちゃってるんだし、お互い様よ」
「……NGって言えばさ」
そう言って、めくるが視線を別の方向に向ける。
その視線の先にいたのは、一人で佇んでいる五味秀一の姿。
「五味秀一さん。あの人って、撮影全体を通して、まだ一回もNG出してないわよね。流石はあの大物俳優、五味新太郎の息子ってところかしら。演技に関して言えば、主演の私たち六人の中でも最強でしょうね」
「たしかに演技力はすごいけど、あの人が他の演者さんやスタッフと仲良くしてるところを見たことがないな。演技力も大事だけど、やっぱり人付き合いとかも大切にした方がいいと思うけどな。いくら親のコネがあるとはいえ……」
湊がそうつぶやくが、それを聞いてしずくが口を開く。
「いいえ、あれも演技の一環だと思うわよ」
「え? どういうことですか?」
「悪役を演じる役者さんの中には、たまにいるのよ。徹底的に憎まれ役を演じるために、撮影の外でも他の役者さんに愛想悪く接する人が。形から入るって言うのかしら」
「それは本当に徹底的ですね……。アイドルの世界じゃ聞いたことないです」
「五味さんは大物俳優の父親から生まれて、最初から才能もコネも持っているサラブレッドかもしれないけれど、演技にかける情熱は本物だと私は思うわ」
主演の六人の中でも一番のキャリアを持つしずくの言葉だからだろうか、湊は、ストンと腑に落ちた感覚だった。
「サラブレッドか……。五味さんも、親のことで色々と苦労したりしたのかな……」
今のしずくの言葉を受けて、改めて湊は五味を見る。
ふてぶてしい立ち姿が、どこか格好良く見えた。
……と、その時。
湊たちの視線に気づいたのか、五味が三人の方を見た。
彼は、三人が自分の方を見ていると確認すると……。
「……ふっ(笑)」
……と、これ見よがしに鼻で笑った後、再び視線を外した。
湊たち三人は、顔を見合わせる。
「……今、あの人、僕たちのことを鼻で笑いませんでした?」
「絶対笑った! 自分だけNG出してないからって、あたしたちを見下してるわよあいつ!」
「如月くん! こうなったら次の撮影はバッチリ成功させて、さっさと彼に引導を渡してやりましょう! 彼、最終的には死ぬ役だから!」
「任せてください! ぶった斬ってやります!」
その後、湊は調子を取り戻し、撮影は順調に進んだそうな。
九頭を叩き斬る如月の一刀は、それはそれは気合いが入っていたそうな。
④撮影終了
こうして、映画「リバースエッジ」の撮影は終了。
役者たちと撮影スタッフの歓喜の声がスタジオに響き渡る。
それからすぐ後に、フェニックス大を除く主演の五人は、監督に声をかけた。
「「「「「なんか生理的にムリなので、今後は大さんとの共演はNGで」」」」」
「えっ」
傍で聞いていたフェニックス大は、しばらく固まっていたという。