第2話 如月
六人の殺し屋たちによるバトルロワイアル、『リバースエッジ』が開幕した。
無人となった地方都市。
そこへ放たれた六人の参加者たち。
六人の初期位置は、それぞれ街の丁目ごとに分けられている。
まず六人は、他の参加者を探すために動かなければならない。
捕捉だが、このバトルロワイアルには制限時間が設けられている。刻限は朝日が夜空を染めるまで。この時に複数名が生き残っていた場合、厳正な審査のもと、「誰が最も積極的に戦闘を行ない、ゲームを盛り上げたか」という基準によって勝者が判定される。
そして勝者以外は、『組織』によって消される。
怖気づいたので、時間切れまで逃げ隠れるといった手は通用しない。
どうあっても、このゲームで生き残ることができるのは一人だけなのだ。
街灯がポツポツと灯っている脇道を、音も無く駆け抜ける漆黒の人影が一つ。
人影の正体は如月鋭介。
リバースエッジ参加者の一人。現代に生きる忍者の若者。
彼の生家である如月家は、今もなお存続する忍者の一族である。
古来から朝廷と強いつながりがあり、現在は日本政府お抱えの諜報機関となっている。
如月家に生まれた者は、物心つく以前より厳しい訓練を課せられ、将来は日本のためにその能力と人生を捧げる。それがこの家の定なのだ。これに背反し、家を抜けようとする者は同族によって始末されてしまう。親も家族も関係は無い。
「……けれど、僕はそんな人生はまっぴらごめんだ。生まれた時から人生を決められているなんて、そんな人生はつまらない。僕はこのリバースエッジで生き残って、自由を手に入れる」
物陰に隠れ、周囲の様子を窺いながら、如月は改めて決意を固める。
リバースエッジを運営する『組織』の庇護を得て、安全確実に抜け忍になるために、如月はこの闘いに参加したのだ。
その時、如月の動きが止まる。
彼は歩いていたわけではなく、今もその場でジッとしているのだが、呼吸のために肩を上下させることすら禁止するほどに彼はピタリと静止した。
「……方角は北東。距離はここからおよそ三百メートル。地上からの高さは二十メートルといったところか。誰かがビルの屋上に昇ったみたいだ。弾倉の装填音が聞こえる。たぶん、参加者の中にスナイパーがいるな。開幕から銃を持ってビルの屋上に昇ったということは、つまりそういうことだ」
三百メートルの距離と言えば、人間の話し声さえもまったく聞こえないであろう距離だ。そんな遠距離からの物音や足音を、如月は正確に聞き取ってみせた。
これが如月鋭介の異能。
如月家で忍者としての訓練を受けてきた彼は、聴力が異常に優れている。
「スナイパーの位置は分かるけど、たとえば他の参加者を相手している間に背中を狙われたら面倒だ。今から始末しに行こうか……いや、あえて今は見逃しておいて、他の参加者を狙ってもらうように泳がせるのもアリだな。しっかりと向こうの位置を把握して、狙われにくい動きを心がければ……」
……が、ここで如月の耳が、また別の物音を捉えた。
決して無視できないような、異様な音を。
「何か……岩を砕くような音? しかも、音の発生源がどんどん上に昇っていっている。距離は前方五十メートル。目の前のマンションの裏側からだ……!」
音だけでの推測だが。
これは恐らく、何者かがマンションの外壁を砕き、梯子のように昇っている音なのだろう。
やがて、その音の発生源が、如月の目の前のマンションの屋上に到達。
それから一拍置いて、マンションの屋上の縁から、一人の少女が顔を覗かせた。
「あ! キミ、この殺し合いの参加者の一人だよね? えーと名前は……忘れた!」
現れたのは阿東カナ。
如月と同じ、リバースエッジの参加者の一人。
彼女が如月に向けたその表情と声は、この競技が命を懸けた殺し合いであることを本当に分かっているのかと問い質したくなるくらいに明るかった。