第18話 決戦
如月と阿東のペアが、異形の怪物と化した九頭巡一郎と対決する。
まず動いたのは九頭。
如月と阿東に向かって全力疾走。
そのスピードは、2メートル超えの巨体とは思えないほどに速い。
如月が二つの手裏剣を投げて迎撃。
だが、九頭は大爪が生えていない左腕を振るって、二つの手裏剣を叩き落とした。
「かすり傷一つ負わないか! なんて強度の肉体だ!」
「如月! 来るよ!」
「ガァァァッ!!」
如月と阿東をまとめて引き裂くべく、右の大爪を振るう九頭。
如月と阿東は左右に散開し、九頭の攻撃を回避。
散開した二人のうち、九頭は如月に狙いを付けた。
一瞬で如月との間合いを詰めて、左の拳で殴りかかり、右の大爪を振り抜く。
「グルォォァアア!!」
「爪が生えているのは右手だけ……。けれど、見るからに力自慢って感じだ。左の拳で殴られても、致命的なダメージは避けられないだろうな……!」
九頭の二連撃を回避した如月。
攻撃後の隙を突いて、白鷺から譲り受けた刀で斬りつける。
狙いは九頭の鎖骨。
「はっ!」
「グゥゥ!?」
命中。
先ほどの手裏剣のように弾かれることもなかった。
白鷺の刀であれば、今の九頭にも攻撃が通る。
しかし、九頭もすぐに回避行動に移ったので、鎖骨から狙いは外れ、胸部を浅く切り裂いただけに終わった。
攻めの手は緩めない。
如月はすぐさま間合いを詰めて、二の太刀を振るう。
だが今度は、九頭は右手の大爪を使って、如月の斬撃を受け止めてしまった。
「ったく、物騒な刀だなぁ!? 銃弾だってロクに通さねぇこの肉体に傷をつけるかよ!」
「刀を止められた!? 白鷺さんだったら爪ごと叩き斬れたのだろうけど、僕じゃ無理か……!」
「ほら、ぶっ飛べ!」
九頭は右足で回し蹴りを放ち、如月を蹴り飛ばした。
5メートル以上も吹き飛ばされ、その先の建物の外壁に背中から激突。
「ぐっ、う……!」
激痛で悶絶してしまう如月。
そんな彼を援護するべく、阿東が九頭に殴りかかる。
「こっのぉぉ!」
渾身のアッパーが九頭のみぞおちに突き刺さった。
自動車を持ち上げ、粉砕するほどの阿東の怪力。
だが、しかし。
九頭はその場で微動だにせず、阿東のアッパーを腹筋で受け止めていた。
「こ、コイツ、堅い……!?」
「阿東カナ。オレの肉体を強化したのは、お前にも投与されている寄生ウイルスと同じ物、それにオレが手を加えた改良種だ。お前と違って見た目は人間からかけ離れてしまうが、その身体強化幅は旧型以上! つまり、オレはお前の上位互換! お前は絶対にオレには勝てないってことだよぉ!」
勝ち誇りながら、大爪を振るう九頭。
その爪撃を飛び退いて回避し、再び殴りかかる阿東。
「そんなの、やってみなきゃ分からないじゃない! それに、私には如月がいる!」
「どうやら僕は期待されているみたいだな!」
如月が戦線復帰し、二人で九頭に攻撃を仕掛ける。
前後左右から挟み撃ちするように、九頭を翻弄する二人。
しかし、九頭の守りも堅い。
如月の刀は大爪で受け止め、阿東の攻撃は上手くガード。
「思った以上に反応速度が高い……! 身体強化の影響か?」
攻めあぐね、歯嚙みする如月。
厄介なのはそれだけでなく、九頭は多少の傷を受けてもすぐに再生してしまう。
彼と同じ肉体改造を施されているという阿東も、斬られた腕をくっつけるなどしていた。強化された肉体のスペックを見るに、九頭の再生能力は阿東よりも遥かに上なのだろう。
「阿東さん! あの化け物の弱点はないのか!?」
九頭の攻撃を避けながら、如月は阿東に質問した。
阿東は息を整えながら、その質問に答える。
「私と同じだとしたら……狙うなら、心臓か脳ミソよ! どちらかを破壊できれば、再生能力も異常をきたして機能停止する! 首を斬り落とすのもいいわね!」
「分かった! けれど、向こうもそれは把握しているか。狙うのは大変そうだな!」
如月は返事をしながら、さっそく九頭の首を狙って刀を振るう。
しかし、九頭は身を屈めてこれを回避。
さらに阿東が九頭の背後から殴りかかるが、九頭は大きく跳躍してこれも回避。同時に二人の挟み撃ちから脱出した。
10メートル以上離れた地点に着地した九頭は、そこに駐車されていた市営バスを持ち上げ、二人めがけて投げつけてきた。
「ぶっ潰れろォォ!!」
「め、滅茶苦茶な……!」
如月と阿東は再び散開。
先ほどまで二人が立っていた場所に、市営バスが派手な音を立てて落下してきた。
横転したバスは、二人を分断してしまった。
如月は、バスの向こう側にいる阿東に声をかける。
「阿東さん! 無事か!?」
「大丈夫! それより如月、そっちに九頭が!」
阿東の言う通り、如月の前方から九頭が走り寄ってきている。
その速度は凄まじく、十メートルの間合いを三秒足らずで詰めんとする勢い。
……と、その時。
如月は、自分の足元に何かが落ちているのを発見。
見てみれば、それは九頭が持っていたリボルバー拳銃だった。弾丸も六発全弾装填されている。異形に変身した際に落としたのだろう。
ここで如月は思い出す。
九頭は、このリボルバーに装填された毒の弾丸こそが自分の得物だと語っていた。
そう語った時の彼の心音に変化はなく、九頭は嘘をついていないようだった。つまり、このリボルバーに装填されているのは、間違いなく致死性の猛毒弾ということ。
如月はすぐさまリボルバーを拾い上げ、六発一気に連射した。
放たれた弾丸は全て、九頭の胸部や腕、足など、全身六か所に命中。
「そんなに毒物が好きなら、自分で喰らえばいい!」
これで九頭の全身に毒が回り、動きが鈍るだろう。
その隙に、彼の弱点を突くことができれば。
……そう思っていたのだが。
九頭の動きは止まらない。
駆け寄ってくるスピードそのままに、如月を右肩からぶつかるタックルで吹っ飛ばした。
「グルァァァッ!!」
「がはっ……!?」
大型トラックに衝突されたかのような衝撃。
如月は前方に撥ね飛ばされ、アスファルト舗装された地面に打ち付けられる。
吹っ飛ばした如月に駆け寄りながら、九頭が口を開く。
「オレが自分の毒で死ぬと思ったかぁ!? 抗体くらい前もって投与してんだよォ!!」
「ぐぅっ……!」
痛みをこらえて、立ち上がろうとする如月。
しかし、立ち上がった時には、もう九頭は目の前に。
「もらったァ! 死ねぇぇ!!」
九頭は、如月の心臓めがけて、右の大爪を突き出した。
もう回避は間に合わない。
如月は、己の死を覚悟した。
ところが。
心臓を貫くはずの痛みがやって来ることはなかった。
なぜなら。
如月と九頭の間に割って入った阿東が、九頭の爪を止めていたから。
阿東が、己の身体を……己の心臓を九頭に貫かせて、その身で大爪を無理やり止めていたから。
「あ……阿東、さん……?」
呆然と、阿東の名を呟く如月。
如月の呼びかけに応えるように、振り返る阿東。
その表情は笑顔だったが、顔色は青ざめ、口からは大量の血。
「如月……よかった……」
心臓を貫かれながらも、阿東は九頭の腕を掴み、自分から大爪を引き抜かせないように止めている。
それに対して、九頭は無理やりにでも阿東から爪を引き抜こうとしている。
「このガキ! 放せ! さっさと死ね!」
「あぐっ、ごぼっ……」
阿東が、致命的な量の吐血。
頭が真っ白になっていた如月の目の前で。
「…………――――ッ!!」
電撃的な速度だった。
如月は一瞬で九頭に接近し、阿東を貫く彼の右腕を、刀で肘から斬り飛ばした。
「ああああああああッ!!」
「グアアアアアッ!?」
右腕を失い、悲鳴を上げた九頭だが、後退して如月から距離を取り、すぐに迎撃の姿勢を取る。体勢を立て直された。
阿東は地面に倒れ、九頭の大爪も抜けた。
だが傷は深く、地面に大きな血だまりが広がり始める。
九頭に向かって刀を構える如月。
その表情は怒りに満ちている。
「九頭……お前は僕が必ず始末する……!」
「上等だァ……やってみろクソガキがよぉ……!!」