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第17話 心音

 白鷺の刀をキャッチしていた如月が、九頭の胴体を貫いた。


 九頭は、突き出された刀を回避するべく身体を横に逃がしていたが、それがかえって(あだ)となった。九頭が回避するよりも早く刀は九頭の身体に食い込み、その後に九頭が横に動いたことで自ら胸部を切り開く形になったのだ。狙いが()れて心臓は外したが、致命傷に変わりはない。


 リボルバー拳銃も取り落とし、大量出血する胸部を右手で押さえながら、九頭は如月の方を見る。如月だけでなく、阿東も如月の隣に立っていた。二人とも顔色は健康そのもので、毒を受けているようには見えない。


 ため息を吐きながら、九頭は如月に話しかけた。


「……ったく、そこは空気を読んで死んどけよ。けど、どうにも違和感はあったんだ。白鷺はしぶと過ぎたが、お前ら二人はあっさり過ぎだと思ってた。死ぬにしても、もうちょっと長く苦しむはず。そう思ってたんだがなぁ。油断しちまった。まさか毒を吸ってなかったなんてな。予期していなきゃ絶対に防げなかったはずだが」


「そうだ。僕たち二人は最初から予想していた。お前は白鷺だけでなく、僕たち二人も始末するつもりだろうと」


「おかしいなぁ、ボロは出してないつもりだったが。どこでバレたんだ?」


「お前も知っているとおり、僕は耳が良い。数百メートル先からの音も詳細に聞き取ることができる。そして……これはお前には言ってなかったが、至近距離にいる人間なら、その心音まで聞き取れるんだ」


「心音、だと?」


「そうだ。そして、例えばその人間が嘘をついた時、心音は高くなるんだ。ついた嘘がバレないかどうか緊張状態になる。僕は、それを聞き取ることができる。アンタが『僕たちに協力したい』と言ってきた時、アンタの心音はしっかりと高くなったよ」


「おいおい、ひでぇなぁ。『仲間として受け入れてもらえるかどうか』の緊張だった可能性もあっただろ。ドヤ顔で解説してくれた割には、けっこうガバガバな推理だったな。ま、その幼稚な推理のおかげで、お前らにとっちゃ結果オーライになってるわけだが」


 挑発するようにそう言い返す九頭だったが、如月は首を横に振った。


「いや、確かに僕も最初は同じことを思ったさ。アンタの心音の高鳴りが『嘘をついているため』か『信用してもらえるかどうか』か、その区別がつかなかった。けれど、阿東さんの証言で確信したのさ」


「嬢ちゃんの証言だと?」


 九頭が阿東の方を見る。

 阿東はうなずき、説明を始めた。


「私、アンタとはどこかで会った気がするって言ったよね?」


「ああ、言ってたな」


「アンタは私に会ったことがないって返事した。でも、如月はその時、アンタの心音が高まったのを聞いたんだって。アンタは嘘をついた。アンタは私に会ったことがある」


「……ああ、クソ、そっちもバレてたのか。チラリと見た程度だよ。こうして顔を突き合わせるのは初めてだったんだけどなぁ」


 面倒くさそうに肩を落とした九頭。

 それから、如月も説明に加わる。


「阿東さんは、ほとんど『施設』の外から出たことがない。僕も『施設』についてはほとんど知らないが、要は阿東さんのような生物兵器を製造する研究所のような場所なんだろ? つまり、そこに出入りしていたであろうお前の正体は、恐らく刑事じゃなくて化学者。そう思ったんだ」


「アンタが化学者なら、きっと毒や細菌兵器とかの準備もしているだろうから気を付けろって、白鷺と戦う前に如月が忠告してくれたの。だから、アンタが毒を撒いた時、私も右腕を覆っていたコートで口を塞いで防御することができた」


「お前が『自分の得物(エモノ)は毒入りの弾丸だ』って言った時、嘘はついていないようだったからな。お前が毒の扱いに長けているっていうのは予想できた。白鷺を誘い込むのにお前がこの場所を提案した時から、ここにきっと罠を仕掛けてるんだろうなって思ったさ」


 二人の説明を、九頭は黙って聞いていた。

 しかし、その表情は、心の底から面白くなさそうに。


 そんな九頭に、如月が再び声をかける。


「さて……さっきお前は僕たちに『そこは空気を読んで死んどけよ』って言ったな? その言葉、そっくりそのまま返すよ。その傷に、その出血量。そろそろ死んでおかないとおかしいだろ。アンタ、普通の身体じゃないな? 阿東と同じ『施設』に出入りしてたってことは……」


「……ああ、そうさ。オレの本職は生物兵器専門の化学者だ。殺しは専門じゃない。そんなシロウトが、こんなゲームに参加するんだ。『これくらいの保険』は、掛けといて当然だよなぁ!?」


 そう言うと、九頭の身体に異変が起こる。

 膨大な量の筋肉が肉体の内側から盛り上がっていく。

 それこそ、九頭が着ていたシャツもコートも破ってしまうほどに膨張。


 腕も丸太のように太くなり、右手の五指の爪は包丁のように鋭く、厚みを持つ。背丈も伸びて、180センチ手前だった彼の身長は、今では2メートル以上に。


「グオオオオオオッ!!」


 異形と化した九頭が雄たけびを上げた。

 そのおぞましい姿に、如月も阿東も息を呑む。


 そんな中、白鷺凪が口を開いた。

 彼女はもう立ち上がる体力もなく、如月たちの背後で横になっている。


「ふっ……。あの外道、見た目までその性根に似合ったバケモンになってもうたなぁ」


「白鷺さん。さっきは刀を寄こしてくれて助かった。僕が無事なのに気づいてたな?」


「ああ、顔色が良さそうに見えたからなぁ。刀はそのまま使ってええよ。パパ……先代(オヤジ)から譲り受けた自慢の品や。素人が使っても抜群の切れ味を発揮するさかい」


「助かる。有難く使わせてもらう」


「けど……九頭の毒のことをウチに教えてくれんかったってことは、結局のところ、九頭を利用してウチを始末するのはアンタの予定通りってことかいな」


「……すまないな」


「ええよ。ウチがアンタの立場なら、ウチもそうしたやろうから。ただ……二つほど頼んでもええ?」


「こちらが聞ける依頼なら」


「なに、簡単よ。一つは、あの外道の首、地獄まで手土産に持ってきておくれやす。もう一つは……あの外道の毒で死ぬのは(しゃく)や。せやから……介錯を頼むわ」


「……分かった」


 如月は返事をして、白鷺から譲り受けた刀を、彼女の胸に突き刺した。


 刀は、驚くほどに何の抵抗もなく、白鷺の心臓を貫いた。

 元の持ち主である白鷺が、自ら刀を受け入れたように。

 刀が、元の持ち主である白鷺の胸に飛び込んだように。


 男手一つで自分を育ててくれた父親。

 そんな彼の唯一の忘れ形見。

 (かしら)の証として遺してくれた刀。


 どんな願いでも叶えてくれるという、リバースエッジの優勝賞品。

 流石の『組織』も、遺骨だけになった人間を蘇生させることはできない。


 (ゆえ)に、彼女が「組の再興」という、他の参加者に比べたらささやかな願いにこだわったのも、その組が刀と同じく「父が遺してくれたもの」だったからなのかもしれない。


 そんな彼女の願いは潰えた。

 だが、愛する父のもとへ逝けるなら、彼女にとっては大して変わらないのかもしれない。


(……パパ。ウチ、頑張ったよ。たくさん努力したよ。せやから……そろそろそっちに行っても、ええやろ……?)


 もう、白鷺の心音は聞こえない

 残る参加者は三人になった。


 そして最後の一人が決まるのも、そう長くはかからないだろう。


「茶番は終わったか? そろそろ行くぜぇッ!」


 変形を終えた九頭が、如月と阿東に襲い掛かってきた。

 如月は白鷺から受け継いだ刀を。

 そして阿東は自慢の拳を、それぞれ構える。


「九頭巡一郎。その首、(もら)い受けるぞ!」


「この(ひと)とは最後まで敵同士だったけど、アンタは彼女の分までぶっ飛ばしてやるんだから!」

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