第16話 悪菌
隠れていた九頭が、何かのスイッチを押した。
それと同時に、如月と阿東、そして白鷺が戦闘を繰り広げていた大通りにて、爆発音とともに真っ白な煙が大量発生。道路の下に爆発物が仕掛けられていたようだ。白煙は一瞬にして三人を巻き込み、周囲一帯を包み込む。
「何や!?」
「こ、これは……!?」
「如月! これってまさか……」
白鷺はもちろん、如月と阿東も戸惑っている。
九頭がこのような行動を起こすとは、二人も聞いていない。
白煙はすぐに消えていき、何事も無かったかのように三人の視界は元通りになった。
……が、その直後。
白鷺が突如として跪き、苦しみだす。
「う……ぐっ……! 何やこれ、身体の中が燃えるような……うあ……げほぉっ!?」
白鷺が口から大量の血を吐いた。
口からだけではなく、鼻からも耳からも、そして目からも。
汗腺からも血が噴き出し、あっという間に全身血まみれになる。
見れば、如月と阿東も苦しんでいる。
二人は白鷺ほど出血はしていないが、白鷺と同じように体内の激痛にもがき、道路の上でのたうち回っている。
「ぐ……あああ……!」
「熱い……身体が熱いよぉ……!」
「これは……さっきの煙は、何かの毒ってことかいな……。あの二人まで巻き込まれたってことは、この毒を仕掛けたのは……」
「まぁ、そういうこった」
白鷺の言葉に、返事が被せられた。
勝ち誇ったようにニヤニヤと笑いながら、九頭巡一郎が姿を現す。
右手にスマホを持って、白鷺の姿を撮影しながら。
「へへ……純情な若者二人を味方につけて、一番厄介なアンタもろとも、まとめて始末できた。こんなに上手くいっちまうなんて……面白すぎて笑いが止まらねぇ!」
「九頭……巡一郎……ごほっ! ごほっ!」
「おお、良いね! もっと苦しんでいる顔を見せてくれよ! アンタみたいな別嬪さんが毒にやられている映像は、その手のマニアにゃ高く売れる!」
「く……そんなのアリかいな……。刑事の得物が化学兵器とか……」
「刑事。ああ、俺の経歴ね。それ、嘘だから」
「何やと……?」
「そりゃそうだろ! これはスポーツじゃねぇ。ただ相手を殺せば勝ちなんだ、どんな手段を使ってもな! 得物も正体も最初から公開している殺し屋がどこにいる? だから、オレの本来の得物は銃じゃなくて毒なのさ! でも、けっこう刑事っぽいナリだったろ?」
「く……げほっ……!」
白鷺は刀を杖にして、どうにか立ち上がろうとしている。
立つことはできたが、身体を支えるのが精いっぱいで、その場から一歩たりとも動けそうにない。
「おいおいすげぇな! 普通なら立ち上がるのだって無理なくらいキツイはずなんだぜ? そこの若者二人みてぇによ。……ああ、本当に、そこの二人には感謝しねぇとなぁ。こんなにあっさりと騙されてくれて、こんなにあっさりと死んでくれて! お前ら皆まとめて始末するために、最初からこの場所にウイルス爆弾を仕掛けてたのさ! そうとも知らず、お前をここに誘い込むように言ったら、快く引き受けてくれたよ! 良い子たちだったなぁ!」
言いながら、九頭が如月と阿東の方を見る。
二人は力尽きたらしく、もう動いていない。
先ほどまでは如月たちと敵対していた白鷺だが、二人の死を受けて、怒りが湧いてきた。若い二人を自分のために利用し、下衆な笑いを浮かべる目の前の男に。
「ア、ンタ……げほっ、ごほっ……!」
「さて! 後はお前が死ねば、晴れてオレの優勝だな! 優勝賞品だけどよ、『組織』にはオレが開発した新薬の実験に付き合ってもらうつもりなんだ。お前らに盛ったのと違って、散布してもその場に長く残るタイプのウイルス兵器だ。爆撃機をたっぷりチャーターして、空から大量にウイルスをばら撒くのさ! 楽しみだなぁ……大勢の人間が俺の毒で苦しんで死ぬ光景……!」
「こんの……外道がぁ!!」
白鷺は叫び、持っている刀を九頭めがけて投げつけた。
しかし、九頭は身体を横に反らし、白鷺が持っていた刀をあっさりと回避してしまう。刀は九頭の背後で、パシッという音を立てた。
「まったく、お前にはとことん驚かされるな! 立ち上がるだけじゃなくて、刀まで投げるかよ! オレが言うのもなんだが、人間じゃねぇぜお前――」
――そう言いかけていた九頭だったが。
突如として、ハッとした表情を見せた。
(……今の『パシッ』って音、投げられた刀が地面に落ちた音にしちゃ不自然だ。まるで、投げられた刀を誰かがキャッチしたみてぇな……)
すぐさまリボルバー拳銃を抜き、背後にその銃口を向ける九頭。
だが、九頭が発砲するよりも早く、白鷺の刀をキャッチしていた如月鋭介が、九頭の胴体を刺し貫いた。
「らぁぁっ!!」
「ぐふっ……!?」