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第15話 激突

 無人の街。

 しかし家々の明かりは()いており、真夜中であっても暗くない。


 区役所前の広い道路。

 その真ん中を白鷺凪が歩いている。


 彼女はリリアンとの戦闘を経て、身体のあちこちから出血。純白の着物姿は、ところどころが赤く汚れていた。左腕の肘と手首の間あたりがひどく()れ上がっている。リリアンのかかと落としを受けて、橈骨(とうこつ)および尺骨(しゃっこつ)を損傷しているためである。


 白鷺の背後から、二つの手裏剣が投げられた。

 彼女の背中とうなじにまっすぐ迫る。


 白鷺は振り向きざまに抜刀、斬り上げを放ち、一度の斬撃で二つの手裏剣を(はじ)き飛ばした。


「そろそろ来る頃と思うとったわぁ」


 彼女に手裏剣を投げたのは如月鋭介。

 白鷺の前に姿を現し、再び二つの手裏剣を投げる。


 この二つの手裏剣も打ち払った白鷺。

 彼女が刀を振り終えたタイミングで、如月も接近して苦無(くない)で斬りかかる。


 手裏剣を防御した後隙を狙えば。

 そう考えた如月だったが、白鷺は余裕で二の太刀を振るい、如月を後退させた。


「くそっ、二撃目が間に合うのか!」


「あんた一人どすか? いや、そんなわけないやろなぁ」


 そう言って如月との間合いを詰めようとした白鷺だったが、ここで急ブレーキ。その直後、彼女の目の前を、右から左へこぶし大の石ころが飛んでいった。大砲で撃ち出された砲丸のような凄まじい速度で。


 石ころが飛んできた方向を見る白鷺。

 そこには如月のパートナーである阿東カナの姿が。


「ほぉら、やっぱり()はった」


「今度こそ、私たちが勝つから!」


「威勢がよろしおすなぁ。右腕一本()くしたのに、感心するくらい元気やわぁ」


 白鷺の言う通り、阿東は肘から先の右腕を失っている状態だ。前回の戦闘で白鷺に斬り落とされたためである。その腕には衣服店で調達した厚手のコートを覆うように巻き付け、止血をしている。


 右腕を失った阿東は、左手で石ころを持ち、それをいつでも投げられるように構えている。彼女の膂力(りょりょく)で石ころを投げれば、対戦車ライフル並みの破壊力と貫通力を生み出せる。


 如月が前衛。

 阿東が後衛。

 そして、隙を見て九頭が狙撃する。


 それが如月たちが考えた作戦。

 ……なのだが。


(この二人を斬ったら、残るはあの九頭とかいう男やけど……この二人、九頭とも結託しとるんとちゃう? この二人、妙に周囲を気にしとる様子があるわ。どこかに他の仲間を隠しとるような雰囲気や。ウチも派手に暴れたからな。ウチの腕前を警戒して、三人がかりで潰しに来たと考えても違和感はない)


 まだ完全には看破されていないが、白鷺は如月たちの作戦を見破っていた。勝利への影響は必至だろう。


(九頭が何をするつもりか知らんけど、とりあえずは目の前の二人やな。お嬢ちゃんは右腕を落とされ、少年は素早いけど地力はウチが上。油断しなければ勝てる相手や)


 白鷺は再び刀を構え、如月を狙って斬りかかる。

 如月も二本の苦無(くない)を左右の手に持ち、応戦。


 如月が白鷺を正面から二回斬りつけ、背後に回り込んでさらに二回、そこから今度は頭上を飛び越えて回り込み、彼女の足元を狙ってしゃがみながら苦無(くない)を振るう。いったん飛び退いて距離を取り、それと同時に苦無(くない)を投擲。


 その全ての攻撃を、白鷺は(ことごと)く刀で防ぐか回避してみせた。投げつけられた苦無(くない)も打ち払い、後退した如月との間合いを一気に詰めて斬りかかる。


 剣戟がとめどなく夜のオフィス街に鳴り響く。

 如月と白鷺の影が、街灯に照らされた道路の上で目まぐるしく交差する。


 前回に比べて、白鷺の動きは鈍くなっている。リリアンとの戦闘による負傷と、どこかに隠れているかもしれない九頭への警戒。二つの要素が白鷺の動きを制限する(かせ)となっているからだ。


 だが、それでも実力は白鷺の方がまだ上だ。

 如月は防御に使った苦無(くない)を一本真っ二つにされて、直後に左腕や右脚を浅く斬られる。


「くっ……!」


「如月っ!」


 阿東が声をかけ、白鷺めがけて石を投げる。

 しかし、白鷺は如月と刃を交えながらもこれに対応。

 阿東が投げつける石ころを全て回避するか、切断して撃墜する。


「多少は負傷しているから前回よりいけるかと思ったけど、とんでもないな! 彼女と交戦したリリアンは、いったいどうやって攻撃を当てたんだよ……!」


「アンタも動きは悪くないけど、ちょっと単調やなぁ。暗殺ばかりしてきて、直接戦闘はまだ慣れてないってとこやろか。その点、リリアンはんの動きは素早くて、それでいて読みにくくて、ホンマに手強かったわぁ」


「このっ……! これでどうだ!」


 一気に踏み込み、刺突を繰り出す如月。


 これに対して白鷺は、完璧にタイミングを合わせて白鷺の腹部を蹴り飛ばした。カウンターをもらった形となり、蹴り飛ばされた如月は思わずうずくまってしまう。


「ごほっ……!?」


「さて、今のうちやな。お姫様の首、いただきますえ」


「な、何だと……!?」


 如月が動けなくなったと見ると、白鷺はターゲットを変更。石を投げるために左腕を振りかぶっていた阿東へ猛接近。


「え、こっち!?」


 急に狙われ、狼狽(ろうばい)する阿東。

 白鷺の動きは素早く、もう一秒もあれば阿東を射程圏内に捉えるだろう。


「人に向かって石を投げる、その手癖の悪い左腕も、お仕置きが必要やな?」


「来ないで!」


 阿東はすぐさま、白鷺に向かって左手の石を投げつけた。


 ……が、白鷺はあっさりとその石を回避。

 あっという間に阿東の目の前まで接近。


「王手やで、お嬢ちゃん」


「……ううん。追い詰められたのは、そっちだよ!」


 そう言い返して、阿東は再び白鷺に石を投げた。

 斬り落とされていたはずの、右腕で。

 右腕を覆っていたコートを脱ぎ捨て、隠していた腕を(あら)わにした。


「な、何やて!?」


「察してると思うけど、私の肉体(カラダ)は特別なの! ただ力が強いだけじゃない。傷の治りも早いんだから! それこそ、斬り落とされた腕も、しばらくくっつけておいたら接着しちゃうくらいにね! アナタと戦う前に、拾ってくっつけといたの!」


 しかも、阿東が右手で投げた石は、細かく砕かれていた。まるで散弾銃のように石のつぶてがばら撒かれ、超至近距離から白鷺に襲い掛かる。


 流石の白鷺も、一発の弾丸ならともかく、大量の弾丸を一度に全て叩き落とすことはできない。咄嗟(とっさ)に身体を逃がそうとしたようだが、ほとんどの石ころは彼女に命中した。


「ぐっ、あ……!」


 撃ち込まれた石のつぶては、白鷺の身体を貫通はしなかったが、皮膚を突き破って体内に残った。石ではなく銃弾の話になるが、撃ち込まれて貫通するより、体内に残る方が、よりいっそう被弾者は動けなくなる。


「よし、トドメ!」


 右の拳を構えて、白鷺に追撃を仕掛けようとした阿東。

 その阿東を、如月が呼び止めた。


「阿東さん、待った!」


「え?」


 如月が阿東を呼び止めるのと、白鷺が反撃の斬り払いを繰り出すのは、ほぼ同時だった。阿東は如月の声を聞いて足を止めており、白鷺の反撃は受けなかった。もしも止まっていなかったら、今ごろ阿東の首が宙を舞っていただろう。


「あ、あっぶなぁ……!? この人、まだこんなに動けるの……!?」


「まんまと一杯、喰わされたわ……。まさか、腕がくっついとるとは夢にも思わんかったなぁ。おまけにその事実をギリギリまで隠して、最高のタイミングでお披露目して、このウチを出し抜いて見せた……。お嬢ちゃんが考えた作戦かいな?」


「ううん、如月の作戦よ。私の腕は斬り落とされてもくっつくってことを教えたら、この作戦を提案された。あなたの裏をかくのに絶対使えるから、その右腕は隠しておけって。石ころを粉々にして握っておけって」


「ふふっ、ええ友達を持ったなぁ。面白くなってきたわ。とことんまでやり合ってやるさかい」


 普通の人間であれば、すでに満身創痍であろうダメージ。それでもなお気迫(おとろ)えぬ白鷺に、如月も阿東も呑まれそうだった。強敵に対する恐怖よりも畏敬の念の方が勝りそうだった。


「負傷は十分。そろそろ九頭が動くはず……」


 九頭がいるであろう方角をチラリと見る如月。

 彼の予想通り、九頭も行動を起こそうとしていた。


「へへ、良い頃合いだな。()()()()()()()()()


 九頭はそう(つぶや)いて、右手に持っているリボルバー……ではなく、左手に持っている何かのスイッチを押した。

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