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第14話 祈願

 今まで、無数の依頼を成功させてきた。

 多少贅沢しても、生涯通して金に困らない程度の財を築き上げた。


 人が人である限り、この世から争い、陰謀は無くならない。

 人が人である限り、殺し屋の需要は無くならない。


 自分に手に入れられないものは無い。

 金も、財宝も、人の命さえも。

 故に、こんなゲームにリスクを冒して参加する理由は無い。


 セルゲイは、そう思っていた。

 思っていたのだが。


 どれほど優れた殺しの腕を持っていても。

 皆が(うらや)むような財力を持っていても。


 手に入れられないものはあった。

 セルゲイはそれを知ってしまった。


 セルゲイには、今年で十歳になる娘がいる。

 妻は娘を出産して数年後、難病を(わずら)って亡くなってしまった。


 その(のこ)された娘も、妻と同じ難病を発症してしまった。


 この病は罹患者が極めて少なく、まだ治療法も確立されておらず、症状を抑える薬さえもロクに開発されていない。それでいて死亡率は非常に高く、このままでは娘の命も危ない。


 全財産を(なげう)ってでも娘を助けてやりたいが、病の治療法も薬の開発も、一朝一夕で達成できるものではない。達成できるかどうかさえも不明瞭。仮に、この病を治療できるほどに医療技術が進んだとしても、その頃には恐らく、娘はもうこの世にいないだろう。


 だから、セルゲイがこのリバースエッジに求めた願いは「娘が(わずら)っている難病の治療法を今すぐ手に入れること」だった。


 崩れて、瓦礫(がれき)の山となったオフィスビル。

 その瓦礫の中から、セルゲイが身を起こす。


「ぐッ……俺はどうにか生きているようだナ……。まったく、あの女、無茶苦茶すル……」


「無茶苦茶で(わる)ぅございましたなぁ?」


 セルゲイの背後から、返事が聞こえた。


 振り向かずとも分かる。

 いや、それ以前に、セルゲイは振り向けなかった。

 ここで下手に動けば、即座に斬り捨てられそうで。


 セルゲイの背後には、白鷺凪が立っていた。

 刀は鞘に納めたままだが、発せられる鋭い殺気は、それだけでセルゲイの心臓を射貫いて殺してしまいそうなほどの圧。


 セルゲイは一つ、深呼吸をした。

 幸い、狙撃銃は右手に握ったまま。

 すぐにでも、反撃に移ることができる。


 とはいえ、この間合いでは、剣士である白鷺に圧倒的に分があるのは誰から見ても明らか。セルゲイの近接戦闘能力も、狙撃の腕に比べれば然程(さほど)でもない。


 セルゲイは、祈った。


(……神ヨ。これまで散々人の命を奪っておいテ、都合が良いと思われるかもしれないガ。ここだけは……このゲームだけは勝たせてくレ。俺が生きて帰らねば娘も死ヌ。娘の病が治った後でなラ、その代償はいくらでも払おウ)


 そしてセルゲイは、自身のこれまでの人生における最高の速度で振り向き、白鷺に狙撃銃の銃口を向けた。


 白鷺は、セルゲイが動いたのとほぼ同時に居合抜刀を放った。


 セルゲイの狙撃銃が両断され、銃身が宙を舞う。

 引き金に指をかけた、彼の右腕ごと。


「……こういうのヲ、この国でハ『神も仏も在りはしない』と言うのだったカ?」


往生(おうじょう)しぃや」


 白鷺が袈裟方向に刀を振るう。

 刃がセルゲイの左首筋に食い込み、右肩まで切り裂いた。


 セルゲイはうつ伏せに倒れ、瓦礫の山の上に鮮血の海。


 地獄の底からの祈りは、天に届かず。

 セルゲイは、二人目の脱落者となった。


「……残りは三人。いてこましたるわ」


 刀身に付着したセルゲイの血を振り払い、刀を鞘に納め、白鷺はその場を後にした。



 以上の戦闘音を、如月鋭介は三百メートル離れた先で聞いていた。


「……戦闘音が止まった。脱落者は二人。最後に刀を鞘に納める音が聞こえたから、生き残ったのは白鷺だろう」


「すげぇな、ここから聞こえるのか。その聴力がお前の武器ってことか」


 耳を澄ませる如月に、九頭が感心したように声をかけた。

 二人の背後で、阿東は緊張した面持ちで立っている。


 音への集中を解いて、如月は二人に話しかけた。


「……やるぞ。標的は白鷺凪だ。どうせこのまま逃げ続けても、タイムアップになったら白鷺の判定勝ちになるだろう。ここまで散々暴れたからな。生きてこのゲームから生還するには、何はともあれ彼女には死んでもらわないといけない」


「うん……そうだね。私が生きるか、如月が生きるか……とにもかくにも、あの(ひと)に勝たないと始まらない」


「段取りは、如月と阿東が白鷺を引き付けて、オレが隠れながら白鷺を狙撃だったな」


「ああ。狙撃のタイミングはアンタに任せる。白鷺はまだ、アンタが僕たちの側についているとは知らない。だから、彼女の不意を突ける最初の狙撃が最も重要になる」


「知ってるさ。確実に()れるよう、少し慎重気味に行かせてもらおうと思ってるよ」


「了解だ。言っておくけど、誤って僕たちを撃たないでくれよ」


「へへ、分かってるよ。それじゃあ、さっそくオレは配置に付くぜ」


 如月にそう返事をして、九頭はその場を離れる。

 その九頭の背中を見送る如月と阿東。


「……勝てるかな。勝てるよね……」


 九頭の姿が見えなくなったあたりで、阿東が祈るように小さくつぶやいた。


 そんな阿東に静かな視線を向けて、如月は尋ねる。


「阿東さん。少し聞きたいことがある。君は『施設』という場所で育てられたと言っていたけど、そこから現在に至るまで『外の世界』に出てきたことはあったか?」


「え? うーんと……多少はあるけど、片手で数えられるくらいかな……。ほとんどは私の性能テストのために、人がいない山とか海とかばかり行って、街に出たことはまったくないよ。今日が初めて」


「じゃあつまり、君が生きてきた世界というのは、基本的にはその『施設』の中だけということか」


「うん、そうなるね」


「それなら伝えておきたいことがある。いいか、白鷺との戦闘中、注意してほしいことがあって……」


 二言、三言、阿東に言葉を伝える如月。

 それを聞いた彼女は、ただひたすら、驚きで目を丸くしていたのであった。


「……それ、本当なの?」

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