第12話 脱落
息を整え、再び正面から挑みかかる白鷺とリリアン。
互いにまだ余力を残している様子であり、決着はしばらく付きそうにない。
……そう思われていたのだが。
幕引きは突如としてやって来た。
遠くから一つの銃声が聞こえた。
その瞬間、白鷺の目の前で、リリアンが前のめりに転倒したのだ。
「あラ……?」
「今の銃声は……あかん、狙撃か!?」
リリアンを見てみれば、右脚の太ももあたりから大量の出血が見られる。狙撃で撃ち抜かれてしまったのだろう。
白鷺は素早く動き、近くの建物の陰に身を隠す。
だが、リリアンは脚を負傷し、その場に倒れ込んだまま動けない。
自慢の俊足も、その機動力を発揮する脚を殺されてしまえば無力だ。
「……うーン、残念ネ。こういう終わり方も、覚悟していなかったワケではないけれド、いざ直面してみると……なんだかなぁって感じネ」
リリアンは、すでに悟っていた。
まもなく第二射の狙撃が来る。
それが、自分へのトドメになるだろうと。
トドメを刺される前にリリアンが考えていたのは、このリバースエッジに勝利した時に叶えてもらうはずだった願いについて。
革命を、成功させたかった。
国民に苦痛を強いている、今の祖国を変えたかった。
だが、ただ変えるだけがリリアンの望みではない。
度重なる圧政。
悪化した治安は、犯罪組織の温床に繋がる。
そんな環境の中で生き延びようとする民たちは、同じ国に住む民から生活の糧を略奪する。
勝手な紛争や略奪によって、リリアンはほぼ全ての家族を喪った。
父も、母も、姉妹たちも。
そんな苦しみに満ちた国を変えたかったから、民兵になった。
しかし、戦いの日々の中で気づいたのだ。
圧政を強いる国家に仕える兵士たちも。
略奪を繰り返す非道な民たちも。
皆、自分と同じように、喪いたくない家族がいる。
ただ単純に武力だけで祖国を変えることは、今のリリアンなら十分に実現可能なのだが、はたして本当にそんな方法でいいのだろうか。国を変えるに足る実力を身に着けた時、リリアンはその疑問に思い至った。
だから、リリアンが叶えたかった願いは「一切の血を流すことなく、平和的に、革命を成功させること」だった。
もう誰も傷つくことはない国家。
国が変わる過程で犠牲になる人間も出ない。
人並みの優しさと正義感を持っていたからこそ革命の戦士になった彼女が、命を懸けて掴み取るに相応しいと思った夢物語。
優しい夢物語は、夢のままに終わった。
建物の陰に隠れる白鷺と、道路の真ん中で動けないでいるリリアンの目が合った。
リリアンは白鷺の視線に気づくと、自嘲気味に微笑んだ。
諦め。決着を付けられなかった無念。仇討ちの依頼。
それらが入り混じったような表情だと、白鷺は受け取った。
その直後。
再び遠くから銃声が聞こえ、リリアンの脳天が撃ち抜かれた。
リリアンは道路の真ん中にて糸が切れたように倒れ、先ほどまでの縦横無尽ぶりが嘘だったかのように、二度と動かなくなった。
リリアンの死を見届けて、白鷺は呟く。
「……助けてあげんかったこと、恨まんでおくれな。ウチにだって叶えたい願いはあるし、アンタの実力はホンマに厄介やった。楽に競争相手が減るのは、ウチとしても大歓迎なんや。アンタもきっと、撃たれていたのがウチやったら、こうしたやろ?」
申し訳なさそうにそう述べると、白鷺は短い深呼吸を一つ行ない、建物の陰から出た。リリアンを撃ち抜いた狙撃手に自ら姿を晒す行為だ。
「けれど、お望み通り、仇は取ってあげるさかい。どうせ奴さんも、このままウチを逃がすはずがないやろうしな。ウチらの勝負に水を差したいけずの首を、あんたの手向けの華にしたる。それがウチなりのけじめや」
そう宣言して、白鷺は走り出した。
先ほどの二回の狙撃の音で、狙撃手のおおよその位置は把握した。
狙撃手の前に姿を晒したのは、この大通りを突っ切るのが狙撃手までの最短ルートだったからだ。
リリアンを始末した狙撃手、セルゲイ・スニマスキーは、白鷺の前方四百メートル先の十階建てビルの屋上に位置取っている。当然ながら彼も、白鷺の接近に気づいていた。
「馬鹿なのカ、あの女ハ? 隠れながら近づいてきたらいいものヲ、わざわざ姿を晒してくれるとハ。まぁ、こちらとしては殺りやすいガ」
黒色ポリマーで構成されたドラグノフ狙撃銃を構え、スコープに白鷺の姿を収めるセルゲイ。その昇順には一切のズレが無く、正確無比。
「避けられる自信があるカ? だが無理だネ。俺の狙撃は、絶対に命中するのだかラ」