第11話 女傑
如月と阿東が、九頭と同盟を結んだ、その同時刻。
こちらは十分ほど前に如月たちを撃退した白鷺凪。
彼女は次なる獲物を求めて、夜の街をゆっくりと歩いている。
どこかで他の参加者が彼女を狙っているかもしれないのに、ただの散歩のように落ち着いて、大胆に。
すると、見つけた。
前方から、大胆不敵なのか、楽観的なのか、隠れもせずに道のど真ん中を闊歩してくる人影が一つ。
「この国は平和で良いところネ~! お昼にはたくさんの人々、子供までもが兵士に怯えることなク、安心安全に外に出ていたワ! このゲームが終わったラ、ちょっと観光していくのもいいかもネ! ……あラ?」
「なんか……関わったらあかんタイプの人、見つけてしもうた感じやなぁ」
やって来たのは、褐色の肌に砂色の軍用迷彩服の女性。
野性味を感じられるウェーブがかった黒髪を、短いポニーテールにしてまとめている。
「ヤァ! ようやく他の参加者に会えましたネ! 誰も見つからないから、集合場所を間違えちゃったかと思ったのヨ~!」
「たしか、リリアン・マハマットはん、やったっけ?」
「イエス! 会えて嬉しいネ! はじめましテ! そして、さようなラ!」
言い終わるや否や、リリアンは二丁のマシンピストルを左右の手でそれぞれ構え、白鷺めがけてぶっ放した。
しかし、この程度で不意を突けるほど白鷺は甘い女ではない。
やや右へずれながら前方へダッシュ。
正面から飛んでくるリリアンの弾丸を掻い潜りつつ、一気に距離を詰める。
「甘く見られたモンやわ」
リリアンを射程圏内に捉えた。
白鷺は鋭く踏み込み、リリアンに斬りかかる。
だが、リリアンは大きなバク宙を繰り出して斬撃を回避。
着地後、白鷺から見て右へダッシュしながらマシンピストルを射撃してくる。
「今のタイミングで回避が間に合うんか……!」
「お姉さん、速いですネ! ちょっとヒヤッとしましタ!」
賞賛の言葉をかけてきたリリアンだが、彼女の動きも尋常ではない。目にも留まらぬスピードで走り回り、一回の跳躍で五メートル以上は飛び上がる。
建物の壁に着地し、向かい側の建物の壁へ飛び移るリリアン。
地面に降りたかと思ったら、前方の建物の壁を垂直に駆け上がる。
白鷺の周囲、空中を猫よりも身軽に跳梁し、その間もずっと白鷺に向けてマシンピストルの弾丸を浴びせ続ける。
リリアンの移動に合わせて、全方位から飛んでくるマシンピストルの弾丸。白鷺はそのほとんどを回避するか刀で叩き落としてみせるが、数発は凌ぎ切れずに身体のあちこちを掠めた。
「とんでもない速さやなぁ……。とてもとても、足で追いかけるのは無理やわ。けれど、そろそろ動きも読めてきたよって。次の着地点はそこやろ?」
建物の屋根から飛び降りつつ、マシンピストルを射撃するリリアン。
真下に停められていた普通自動車の前に着地。
その動きを完璧に先読みしていた白鷺が、踏み込みと共に刀を縦一文字に振り下ろす。
「はぁっ!!」
……が、しかし。
白鷺が刀を振り下ろした瞬間、リリアンの姿が消えた。
リリアンを捉えられなかった刃は普通自動車の屋根に食い込み、そのまま豆腐でも切るかのように車体ごと真っ二つ。
「あかん、左か……!」
呟き、左を見る白鷺。
五メートル以上先に立っている電柱、その側面にリリアンが立っている。
「ワオ! よく今のワタシの動きを目で追えましたネ! アナタの視界のワタシは、まるでテレポートしたみたいに突然消えたでショ? でも、驚くのはここからヨ!」
リリアンが電柱の側面から跳躍。
白鷺めがけてマシンピストルを連射しながら飛び掛かる。
その襲い来る弾丸全てを刀で弾きながら、飛んでくるリリアンを待ち構える白鷺。刀の間合いに入った瞬間、横一文字に斬りかかる。
ところが、リリアンは空中で一回転し、右のかかと落としで白鷺の斬撃を打ち落とした。さらに、そのかかと落としの勢いを利用してもう一回転。二度目のかかと落としで白鷺の脳天を狙う。
刀での防御は間に合わない。
左腕でリリアンの踵を受け止め、逸らす。
受けは完璧だった。ダメージは最大限に逃がした。
そのはずなのに、白鷺の左腕はひどく腫れ上がった。
白鷺の着物の左袖も派手に破れ、内出血で赤黒くなった左腕が露出する。
「痛ぅ……! なんちゅう威力の蹴りや……! おまけに、この速度と身軽さ! さっきの忍者の少年も速かったけど、その倍以上やわ!」
「その通りネ! ワタシの得物は、このスピード! 弾丸飛び交う戦場を無傷で突破するこの脚が、ワタシの自慢でス! そして、そのスピードを生み出す脚でキックを繰り出せば、そのパワーは銃弾以上ヨー!」
リリアンの言う通り、彼女のかかと落としは凄まじい威力だった。パワーもさることながら、ブーツの裏に鉄板を仕込んで攻撃力を底上げしている。
「左腕の腫れ方があかんな。骨にヒビは入ったやろなぁ……」
「さぁさァ! まだまだ踊りまショ!」
一瞬で弾倉のリロードを終えて、蹴り飛ばした白鷺に駆け寄りながらマシンピストルを乱射するリリアン。
白鷺は体勢を立て直し、上半身を狙う弾丸は刀で弾き、足元を狙う弾丸は小さくジャンプして飛び越える。
リリアンが白鷺との間合いをゼロまで詰めた。
身体を反時計回りに回転させながら、勢いのある右回し蹴りを繰り出す。
これに対して、白鷺は刀剣の刃をリリアンの足に向けてガードの体勢。このままリリアンが回し蹴りを振り抜けば、自分から脛を刃に食い込ませることになり、その自慢の足を切断して失ってくれる。
「その自慢のスピードと蹴り、利用させてもらうで」
……しかし、リリアンには通用しなかった。
リリアンは回し蹴りの途中で身体を傾け、足を上げ、より高い位置から足を振り下ろすような形で白鷺に蹴りかかる。いわゆるブラジリアンキックの形だ。狙いは白鷺のこめかみ。白鷺のガードよりさらに上から、鋭い蹴りが襲い掛かる。
「お姉さんの夢は、どうせ古巣のヤクザ屋さんの復活デショ? 犯罪組織の復活を阻止する今のワタシは、さながら正義の味方ってところデスかネー!」
「国家指名手配のテロ屋さんが、よう言うわ」
振り下ろされるリリアンの右足めがけて、白鷺が刀を振り上げた。まるで最初からリリアンの動きを把握していたかのように。
実際、白鷺はリリアンの動きを誘導したのだ。
ガードの姿勢を取ればブラジリアンキックに切り替えてくると予想し、裏をかいたと思わせて、その癖の悪い右足を斬り落とす作戦だった。
ところが、リリアンも咄嗟に白鷺の狙いを察知し、ブラジリアンキックを中断して飛び退いた。
リリアンの右足から少量の出血。
足を斬り落とすことはできなかったが、ブーツを切り裂き、多少の傷は負わせた。
「あっぶなかっタァ……! お姉さん、やっぱり強いネ……! 戦場でケガするなんて、ここ数年はなかったのヨ? おまけにブーツの鉄板まで切り裂いテ……。この鉄板、こう見えてもすっごい頑丈な軍用特殊合金なのヨ? 戦車にも使われてるヤツなんだけどネ?」
「ブーツの裏の鉄板に、刃を弾かれてしもうたか。それさえ無ければ足ごといただいてたんやけどなぁ。まぁええわ。お楽しみはここからどすえ、異国の戦士はん……!」
白鷺が刀に付着した血を振り払う。
リリアンが二丁のマシンピストルに新しい弾倉を装填する。
二人の女傑が、再び駆ける。
目の前の好敵手に、正面から激突するために。